雨が許してくれるから
育波
雨の日の逢瀬
「雨だ」
しんと静まり返った部屋で呟かれた言葉に、隣で眠っていたはずの彼女が瞼を震わせる。
薄いカーテンの向こうでは窓へ水滴がぶつかる。音を立て始めた小さな雫がだんだん量を増していく様子を見て、これは長いものになるなと寝起きの頭で考えた。
「雨の日って嫌いだな。気分が憂鬱になる」
窓を睨みつけるようにして渋面を作れば、僕の眉間へ彼女の指が伸びてきた。
「私は好きよ。こうしてあなたがいてくれるもの」
ただの呟きに返答は期待していなかったのだが、どうやら話しかけられていると思ったらしい。少し掠れた声が耳に届いたので、彼女も目を覚ましたのだと察した。
視線をそちらへ向ければ、とろんとした顔で僕を見る彼女の姿。白い首筋にいくつも鬱血した痕を見つけ、極まりが悪くなり目を逸らした。
「服を着て」
「昨晩あなたが脱がしたのに?」
くすくすと笑みを零す彼女に、僕はさらに機嫌が悪くなる。寝起きとは言え、こんな軽い応酬をするような仲ではないのだ。
「いいから」
「はいはい、分かったわ」
ベッドから抜け出した彼女を名残惜しむように、白いスーツが脚を伝い滑り落ちる。
「コーヒーを淹れるから、あなたも準備ができたら降りてきてね」
ワイシャツを羽織るように纏った彼女が、こちらを振り向きもせずに部屋を出ていく。それを無言で見送って、はあと溜息を吐いた。きっと彼女はまたシュガースティックを二本足したコーヒーを作ってくれるのだろう。
ボタンを留めていた左手の薬指には、僕が贈った覚えのない指輪がきらりと光っていることには気付いている。つまりはそういう関係なのだ。
「――雨の日だけの逢瀬、ね」
一昔前のドラマのようだと、皮肉気に自嘲する。
どうしてこんなことになってしまったのか、思い返せば返すほど死にたくなってしまって、いつものように途中で考えることを諦めた。
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