第149話 魔女達の狙い その3

 海風に打たれながら、俺は甲板上に立っていた。


 クラウディアは海の果を目を細めてみている。


「……で、これ以上用がないなら、俺もエルナとウルスラのいるところに案内してもらいたいんだが」


 俺がそう言うとクラウディアはこちらを向く。意図のわからない……それこそ人形のような視線が俺を捉える。


「で……君はなぜここまで来た?」


 質問はいきなりだった。俺は表情を変えずにクラウディアを見る。


「……ここまで来た、とは?」


「そのままの意味だ。君はなぜリゼ……姫様やエクスナー少尉とともに行動をしている? 今まで何度もあったはずだ。袂を分かつ機会は」


 そう言われて俺は自分自身に問い直す。言われてみれば……確かにどうしてなんだろうか。


「……まぁ、なんでだろうな? お前は分かるか?」


「質問に対して質問で返すのは良くない。それに、これは君の問題だ」


 エルナはそう言って俺を見る。俺は少し黙った後で、先を続けることにした。


「……さぁな。答えなんて無い。それが俺の答えだ」


「なんだそれは。答えになっていないぞ?」


 嬉しそうな顔でクラウディアはそういう。


「俺は……そもそも、もう何もない人間だからな。誰とどこに行こうがそこに理由なんてない。それだけだ」


 俺がそう言うとクラウディアは嬉しそうに微笑む。


「……嘘だな」


 断定するようにクラウディアはそう言った。


「……なぜ、そう思う?」


「簡単だ。君は今、何もない人間ではない。そうだな……何も無いという点では私の方が何もない」


 クラウディアはそう言って甲板の上を歩きだす。


「……何を言っているんだ。こんな船や……リベジスタはそもそも、お前自身の持ち物みたいなものじゃないか」


 すると、クラウディアはこちらを見る。その表情は少し寂しそうだった。


「例えば……仮にリベジスタに帝国が攻め込んできて、町の住民が数多く死んだとしよう。その時、私は……どう感じると思う?」


 挑戦的な表情で、クラウディアはそういう。


「……知らん。悲しい……お前は絶望するだろう」


「違う。残念……そう思うだけだ」


 クラウディアはそう言って肩をすくめる。そして、今一度船べりにやってきて海の向こうを見つめる。


「……では、君はどうだ?」


「え……?」


「若し仮に……今ここでエクスナー少尉を私が殺害したら、君はどうする?」


 その目は……真剣だった。俺はあまり動揺しないようにしていたが……無理だった。


 クラウディアは俺の変化を見透かしたようで、嬉しそうに微笑む。


「フッ……やはり、君は面白いな」


 そういってクラウディアは俺を見つめる。俺はなるべく視線を合わせないようにして顔をそむける。


「君は……自分には何もないといいながら、常に探しているんだ。自分を埋めてくれる存在……まるで未熟な少年のように、依存出来る何かを探しているんだ」


「……それが……何か悪いのか?」


 俺がそう言うとクラウディアは首を横に振る。そして、そのまま甲板を歩き、船室へと続く扉の前に立つ。


「悪くはない……面白いと言っているだろう? 君は……自分にとって大切なものを探し続ける。そして、今、君はそれを見つけた……では、仮にそれがまた破壊されれば、君はまた何もない人間に戻れる、というわけかな?」


 そう言って、悪魔のような笑みを浮かべたままで、クラウディアは船室へと入っていた。


「……何だアイツは」


 俺は1人になった後で、海の向こうを眺めながら、そんな独り言を呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る