第140話 夢の中では

「おいおい……何も飛び出していくことないだろうが」


 エルナに追いついた俺は、思わずそう言ってしまった。エルナは俺の方に振り返り、俺のことをキッと睨む。


「……悪かったな。怖がりで」


「はぁ? 誰もそんなこと言ってないだろうが……どうしたんだ?」


 どうにもエルナの様子がおかしい……既に幻からは帰還しているというのになんだか機嫌悪いように俺には見えるのである。


「……私も、ボンヤリと覚えている」


 エルナは小さな声でそう言った。


「覚えているって……何を?」


「……ボンヤリとだが……あのディーネという魔女がいた気がする……」


 エルナは少し言いづらそうにそう言った。


「そうか……で、お前はアイツが幽霊に思えるのか?」


「……そうじゃない。あの魔女と別れてからだ……記憶がボンヤリとしているんだ……なんだかアイツに魔法にかけられたかのような……嫌な気分だった」


 エルナの言っていることは……間違っていない。というか、当たっている。


「……そうか。まぁ……こんな可笑しな町だ。そういうこともあり得るだろうよ」


「……それだけじゃないんだ。私は……まるで魔法にかけられて……なんだか違う世界に居た気がするんだ」


 エルナは……思いの外、明確に色々と覚えているようだった。むしろ、俺のほうが驚いてしまう。


「夢……じゃないのか?」


「……ああ、そう思うんだが……その世界は私にとってとても居心地が良くて……なんだか、私はソイツに……私の心の中を見透かされていたかのようで……」


 そういって、エルナは俺の方を見る。俺は思わず視線を逸してしまった。


「……ロスペル。お前……何か知っているのか?」


「いや……知らんな」


 とてもじゃないが……口が裂けても言えなかったし、言いたくなかった。


 そして、言わないほうが俺にとっても、エルナにとっても良いことだと、俺は確信していた。


「……そうか。まぁ……悪い夢ではなかったからな。もういいんだが……なんだか、そんな夢を見ること自体、私自身がこの世界から逃げようとしているようで……自分で自分に腹が立つんだよ」


 苛立たしげにエルナはそう言う。俺はふとエルナの事を見てしまった。


 ……出会った当初は思わなかったが、コイツは……リザに似ているんじゃない。


 コイツは……俺に似ているんだ。


 見た目は頑丈そうに見えるが、中身はとても柔らかい……俺自身を鏡で見ている……エルナのその時の姿を見て、俺はそう思った。


「……別にいいんじゃないか。夢で見るくらいは」


「え?」


「……お前は現実では、立ち向かうべき困難から逃げていない。だったら、そういう夢を見たからと言って、怒ることはないだろう……俺は、逃げたからな」


 俺がそう言うとエルナは少し悲しそうな顔をした後で、フッと優しげに微笑んだ。


「……いや、お前も今は……逃げていないだろう?」


 そう言われて俺は少し驚いた。何も言わずに俺はエルナに背を向ける。


「戻るぞ。一人ではリゼが可哀想だ」


「……ああ。そうだな」


 俺とエルナは、人気のない不気味な町を、今一度来た道を辿るようにして戻っていったのだった。

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