第99話 分かち合い

部屋に入ってきたエルナだったが……一体何をしにきたのか。部屋の中に入っても、椅子に座ったままで黙っている。


 俺も仕方なくベッドに腰掛けてエルナを見ている。


「……で、なんだ?」


 俺の方から話すきっかけを作ってやった。エルナは驚いたように俺を見る。


「あ、ああ……その……礼を……言おうと思ってな」


 エルナは恥ずかしそうにそう言う。俺も逆に驚いてしまった。


 そもそも、エルナは俺を殺したい程嫌っているはずなのだ。


それは、主であるリゼを人形にしたのは、何より俺自身であるから、嫌われていても何も不思議ではないのだが。


 だから、礼を言いに、などと言われると、俺の方が逆に驚いてしまうのである。


「……そうか。なんというか……気味が悪いな」


「え……なぜだ?」


「いや、その……お前は、俺のことが嫌いだろう? 礼を言われるのもなんだか不自然というか……調子が狂うというか……」


 俺ももう少し言葉を選べば良かったと思うが……なにせ、予想外のことを言われたがために、こんなことを言う事しかできなかった。


 エルナはキョトンとしている。それからしばらくすると、フッと優しく微笑んだ。


 いつも無表情のエルナにしては、珍しい表情だった。


「……そうだな。私は……お前のことが、好きではないな」


「ああ、そうだろ? だったら別に礼なんて……あれか? リゼに礼を言ってこいとでも、言われたのか?」


 きっとそうに違いないと思ってそう訊ねると、エルナは首を横に振る。


「違う。これは、私の意思だ」


「へぇ……そうかい。まぁ……別にお前だけが悪いってわけじゃないし、俺に恩を感じたりしないでいいぞ。俺も別にそれが目的でやったわけじゃないしな」


「……見捨てると、思っていた」


 と、エルナはボソッと小さな声でそう言った。俺は思わずエルナの事を見てしまう。


「見捨てる……お前のことを?」


「ああ……少なくとも、私はそういう環境で育ってきたから」


 エルナはそう言って、昔を思い出すかのように目を細める。


「……暗機隊などというものは、帝国の操り人形のようなものだ。壊れれば次が補充される……だから、仕事ができなくなれば、すぐに捨てられた」


 その言葉を聞いて、俺はエルナが言っていたことを思い出す。


 誰かに捨てられるのはもう嫌だ……エルナはそんなことを言っていた。その理由は、そういう境遇のせいなのだろう。


「だから、私は捨てられないように働いた……結果として今の今まで生きている……他の多くのものを見捨てて……」


「……だから、自分も見捨てられると思ったわけか?」


 エルナは何も言わずに言わずに小さく頷いた。


「だが……いざ、そう思うと怖かった……だから、自分を見捨てないでいてくれそうな存在に頼った……クラウディアは、そんな人の心に入り込むことができる奴なのだろうな」


 エルナの言葉に、俺も共感する。そういう感覚を少しでは有るが、俺もクラウディアから感じ取ったからである。


「……分かってはいたんだ。姫様は私を捨てたりしないって。例え、私の身体に、父親の仇の血が流れていても……それでも、怖かった」


 そこまで言ってから、エルナは俺の方を見る。


「でも……お前が気づかせてくれた……というか、よりによってお前に気付かされた、とでも言うべきかな?」


 エルナは恥ずかしそうに微笑む。


 それを見て、俺も思わず苦笑いしてしまった。


 なんとなく初めて……エルナが俺に対して一定程度の警戒心を解いた瞬間だと、この時、俺は感じ取ったのだった。

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