第80話 統制の魔女 その5

 俺達と別れたま時と同じ、身体のラインがそのまま分かるようなピッタリとした黒い服装。


 間違いなく俺たちの前に現れたのは、エルナ・エクスナーだった。


「よかった……無事だったんですね」


 嬉しそうにそう言って立ちあがり、エルナの方に駆け寄るリゼ。


 しかし、当のエルナの方は表情をまるで動かさずただリゼを見ているだけだ。


 その視線にも以前のような鋭さはなかった。


「姫様。お久しぶりです」


 そして、淡々とした抑揚のない調子でエルナはそう言った。


「ん? 姫……どういうことだい? エルナ」


 クラウディアが姫、という言葉に如実に反応する。


「失礼しました、クラウディア様。そこにいるお方は、先の第二王子、アウグスト・フォン・ベルンシュタイン様のご息女、リゼ・フォン・ベルンシュタイン様でございます」


 エルナがかしこまった風にそう言うと、クラウディアはリゼの方を見る。


 リゼは先程からずっとそうだったが、どうにも、クラウディアとは目を合わせたがらないのだった。


「なるほど。第二王子の姫様だったのか。それじゃあ、私は君にとっては、父上の仇のようなものなんだな」


「……え?」


 その言葉を聞いて、リゼはクラウディアの方に顔を向けた。


 クラウディアは相変わらず掴みどころのない表情をしてリゼを見ている。


 そして、両手を顔の前で組んでリゼを見据えていた。


「ズール帝国軍第三八部隊指揮官……それが私のかつての立場だからな」


 第三八部隊……その部隊名を聞いて、俺は反射的にコイツがやばいやつだということを理解した。


「あ……そ、そうだったのですか」


 一方のリゼは驚きつつも、あくまでクラウディアに対峙して落ち着いた調子でそう言った。


「ああ。私は、先の継承戦争の第一王子、そして、現ズール帝国皇帝、アルベルト・フォン・ベルンシュタイン様に命じられ、継承戦争において、将軍として前線の指揮をとっていたからな。私のせいで御父上は亡くなったようなものだろう」


 それを聞いてリゼは呆然としているようだった。


 父親の仇がいきなり目の前に現れればそれはもうどうしていいかわからなくなるのは当然といえばその通りである。


「姫様、こんなことを聞くのもおかしいかもしれないが……私のことが憎いかな?」


 そう聞かれてリゼは戸惑っているようだった。俺もそんなリゼヲただ見ているだけである。


「……いえ。いきなりそう言われましても……実感が湧きませんから」


 リゼはそう言って毅然とした態度でクラウディアを見る。


「ほぉ。さすがはズール帝国の皇女だ。そこで憎いと言わない辺り、聡明な第二王子の血を受け継いでいる……といったところかな?」


 なんとも鼻に着くような言葉でそう言うクラウディア。どうにもコイツは俺から見てもどこか可笑しいような気がする。


 もっとも、あのウルスラの知り合いなのだ。おかしくないわけもないのだが。


「……それよりも私が望むことはただ一つです。エルナを……エルナをお返しください」


 クラウディアの物言いは気にしていないようで、あくまで真摯にリゼはそう言った。


 リゼのその言葉にクラウディアは驚いたようだった。


 そして、エルナの方を見る。


「返す? エルナを?」


「はい。エルナはこのお屋敷のお世話になっていたと思います……ですが、エルナは私の大切な人です。どうか、お返しください」


 それを聞いてクラウディアはポリポリと頭を掻いていた。それからエルナを見て、再びリゼの方を見る。


「私は別に構わないぞ」


 そして、クラウディアはなんでもないことのように、俺たちにそう言ってみせたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る