第74話 反乱の街 その4

「馬鹿な……そのクラウディアとやらは一体なんでそんなことができるんだ?」


 俺が聞くと、ウルスラは立ちあがった。そして、少し離れた場所に歩いて行ってから、俺達の方に振り返る。


「それは彼女が魔女だから……ということでは理由にならないかい?」


 俺は反論しようとしたが、思いとどまった。


 魔女……俺が魔人形生成のために旅をした時に出会った魔女達は、いわゆる普通の人間で、他の人間よりも少し知識が深いというだけだった。


 しかし、ウルスラ、テレーゼ……最近会った二人の魔女はどう考えても、人間離れしている。


 そんな奴らの知り合いだとすると、そのクラウディアとやらが人間離れしていても不思議な話ではない。


「まぁ、さっきも言ったけど、僕が苦手なだけで危険な人物ではないよ。本人は至って平穏な人物さ」


 反乱の街と呼ばれる街を統治しているヤツが平穏……益々ウルスラの言っていることの意味がわからなくなってきた。


「とにかく、明日はたぶん色々なことがあると思うから、今日は早く寝た方がいいよ。僕は寝る。じゃあ、おやすみ」


 そういってウルスラは横になってしまった。俺もあきらめて地面に身体を横たえる。


「あ……ロスペル様」


 程なくして、リゼの声が聞こえてきた。


「なんだ。もう寝るんだが」


「あ……申し訳ありません。ですが……」


 歯切れ悪く途切れる言葉。俺は身体を起こしてリゼの方を向いた。


「大丈夫だと言っただろう。さっきも」


「いえ……そうでないのです」


 てっきりエルナのことかと思ったが、リゼの言いたいことはそうではないらしい。


「じゃあ、何が言いたいんだ?」


「……この世界は、私の知らないことばかりなんだなぁ、と」


 リゼは小さな声でそう言った。予想外の言葉に俺もどう返したらいいのかわからなかった。


 しばらくリゼは黙ったままだった。俺は耐えかねて口を開く。


「まぁ、そうだろうな。第二王子の娘ともなれば、将来の王女となる存在だ。そりゃあ、外に出なくても不思議じゃない」


「……ですが、反乱の街だなんて……」


 その言葉を聞いて、ようやくリゼがなぜ悲しそうな顔をしているのか理解できた。


 思わず俺は呆れてしまい、ため息をついた。


「お前……ズール帝国の人間、全員が全員、皇帝に忠誠を誓っているとでも思っていたのか?」


「そうではありません……ですが……」


 悲しそうにそういうリゼ。


 俺はいい加減しびれを切らして言ってやることにした。


「あのなぁ。いいか。人間っていうのはお前が思っているほど綺麗なものじゃない。そもそもお前の父親と伯父だって、権力争いで戦争を起こしているんだ。反乱の街って呼ばれる街が一つや二つあったって落ち込むことないだろう」


 俺がそう言うと益々悲しそうにリゼは俯いた。人形のくせに、なんとも人間臭くて面倒な奴である。


「とにかく、お前。もう少し人間っていうのを知った方がいいぞ。人間ってのは他人を平気で裏切るものなんだ」


 そう。リザとアダムのように。


 どんなに信頼関係で結ばれていると思っていても裏切るものなのだ。


 だから、最初から他人に対して信用とか信頼とか、そういうことをすべきではない。


「……そうでないと、ロスペル様のような人に人形にされてしまうかもしれない、ということですか?」


 リゼがそう言ったのを聞いて俺は少し驚いたが、一番わかりやすい事例がそれではないかと思い納得する。


「ああ。そうだ。既にお前は、身を以て経験していたな」


 しかし、俺がわざと意地悪く笑ってやっても、リゼはただ俯いているだけだった。


「ですが……ロスペル様は、良い人です……」


 そして、小さくそう言った。


 その表情は人形であるにも関わらず、優しげに微笑んでいるようにさえ見えた。


 俺はその言葉を聞いてもう何も言う気が起きなかった。今度こそ、横になって眠りに入る。


 リゼ・フォン・ベルンシュタイン……今は亡き第二王子の忘れ形見。


 自分で言っていて思い出したが、基本俺はもう他人を信用できないはずなのだ。


 それなのに、なぜか、俺自身が人形にしてしまったリゼの言葉は、どこか信頼に足るような言葉に思えてくるのだった。

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