第61話 無邪気な魔女たち その2

 喉元にはテレーゼが取り出した短剣が鈍く光っている。


 しかし、相変わらずウルスラはニヤニヤとした下劣な笑みを浮かべたままだ。


「あはは。どうしたんだい? 殺せばいいじゃないか。ああ。そうだった。僕が死んでもフランチェスカと入れ替わるだけだった。テレーゼ。分かっているだろうけど、ちゃんと覚えているんだよね?」


「ええ。もちろんです。エルナ・エクスナー少尉は、元々は第一王子の――」


「黙れ!」


 そういってエルナが次に向かおうとしたのはテレーゼの方だった。


 くしゃくしゃ髪の魔女は動くこともできなかった。


 さすがにこれは俺も見逃せなかった。即座に腰元の短剣を抜き、エルナの前に立ちはだかった。


 ガキン、と鈍い音がして短剣同士がぶつかりあった。


「どけぇ! ロスペル!」


 鬼気迫る表情でそういうエルナ。いつもの寡黙な様子からは想像できないほどに感情をむき出しにしている。


「やめろ。落ち着け」


「うるさい! ソイツは殺さねばならない! そんな奴がいるなんて……私は知らなかったんだ! だから、殺さねば……」


「おいおい。自分の出自を言われるくらいどうってことないだろう?」


 背後からまたエルナを逆なでするようなセリフを、懲りずにウルスラがまた喋る。


「おい。ウルスラ。お前もいい加減にしろ」


「え? そんなぁ。僕は何も悪いことはしてないよ?」


 まるで悪びれる様子もなく、ウルスラは俺にそう言った。


「そんなわけないだろうが。コイツがこんな躍起になっているのは、お前の物言いのせいだろう」


 俺がそう言うとやれやれと言わんばかりに首を振ったウルスラは、今度はリゼの方を見る。


「ほら。王女様からも言ってあげなよ。エクスナー少尉の出自、聞いて見たい、って」


 そう言われて動揺していた様子のリゼだったが、目の前のエルナの方に顔を向け、口を開いた。


「エルナ……剣を納めなさい」


 そう言われてもしばらくエルナは短剣を納めようとしなかった。


 まるで主人の言うことを利かない猛犬のように、殺意に溢れた目でテレーゼを見ていた。


「エルナ!」


 リゼの一喝で、ようやくエルナは我に返ったようだった。


 短剣に込められていた力が抜け、そのままエルナは剣を元の腰元に納める。


「で、テレーゼ。エクスナー少尉は第一王子……つまり、現皇帝のなんなんだい?」


「え? 現皇帝の妾の子供って話ですか?」


 まるでポロッと不味いことを言ってしまったかのように、テレーゼはそう言った。


 瞬間、小屋の中がシーンと静まり返った。


 そして、しばらくすると、いきなりエルナが小屋を飛び出した。


「エルナ!」


 それに続けてリゼもそれを追う。


「あ~あ~。やっぱり、その口の軽さ……君は帝都には置いておけないよ」


 ウルスラは嬉しそうに、落胆するテレーゼにそう言ったのだった。

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