第37話 奇怪な追跡者 その3
「……お前、なんだ?」
「ふふっ……なんだ、だって? 見ての通り、人間だよ」
少女の口調は先ほどのそれとはまったく違っていた。先ほどの口調は見た目通りの幼いものであったが、それとはまるで正反対、落ち着いた大人びた口調で話しかけてくる。
「人間? へぇ。人間ってのは、頭に包丁が突き刺さったら死ぬもんだと思ってたんだがなぁ」
そう言われてキョトンとした顔で俺を見る少女。そして、しばらくすると、なぜか恥ずかしそうに笑った。
「あはは……それもそうだね」
しかし、そう言ったかと思うと、額に刺さった包丁に手をかけ、そこから包丁を抜いた。額からは血が噴き出したが、その後、包丁が刺さった部分はまるでふさがって行くようにして血が止まり、けろっとした顔で少女は俺を見ていた。
「どう? これで人間でしょ?」
益々俺はわけがわからなくなってしまった。もちろん、ヤツが人間ではないということは明確に確認できたわけであるが。
「……マイスター・ウルスラか」
エルナは大きくため息をついてそう呟いた。
「なんだ。知り合いか?」
俺が訊ねると、エルナは視線を反らし黙ったままだった。
「うん。そうだよ。僕はウルスラ。皆からはマイスターって、呼ばれている。そこのエクスナー少尉からもそう呼ばれていたんだ」
「なるほど。お前、軍の人間か」
ウルスラと呼ばれた少女は俺がそういうと、隠す素振りも見せず、頷いた。
「そう。君達をずっと監視していたんだ。正確には君達、というかエクスナー少尉だけどね」
「……ありえない。監視されているという気配などまったく……」
「感じなかったでしょ? そりゃあ、僕が監視していたんじゃないからね」
「何? お前、仲間がいるのか?」
俺が訊ねると、嬉しそうな顔で俺を見るウルスラ。その瞳はどこか狂気じみていた。
「仲間……そうだね。仲間かな」
「なんだか引っかかる言い方だな。その仲間、今もいるのか?」
「うん。いるよ。君達の目の前にね」
「……は? 目の前?」
しかし、目の前にはウルスラ以外の人影はおろか、動物の気配さえも感じない。
「だから、ここだよ。ここ」
そういってウルスラはなぜか自分自身を指差す。
俺とエルナ、そして、リゼはお互いに顔を見合わせてしまう。すると、なぜか残念そうにウルスラがため息をついた。
「なんだ……残念だよ、マイスター・ロスペル。君ほどの職人なら、理解できると思ったのだけれどね」
「は? マイスター……っていうか、なんで俺の名前……」
「ふふっ。見てたよ、ずっと。君がリゼ様を魔人形にするところも、バッチリね」
一層嬉しそうな顔をして俺を見るウルスラ。どうやら、俺達のこれまでの経緯は、コイツには完全にばればれらしい。
「なるほど。で、どういうことかまず説明してくれるか?」
「え? ああ。うん。まぁ、簡単に言うと、この身体はリゼ様と同じで、人形、なんだよね」
「人形? どう見ても普通の人間だが?」
「うん。人間、だったよ」
含みのある言い方でそう言ったウルスラ。人間だったというが……別に人間以外にはその外見は見えない。それなのに、人間だった、というのはどういうことなのか。
「……なるほど。噂は本当だったのか」
そこで、エルナが暗い顔でそう言った。ウルスラは俺からエルナの方に顔を向ける。
「ん? なんだい、エクスナー少尉」
「マイスター・ウルスラは……一つの体に二つの魂を入れている、と」
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