第35話 奇怪な追跡者 その1

「……やれやれ。やはりやってきたか」


 俺達が歩いていると、何の前触れもなく、エルナがそう呟いた。


「は? なんだって?」


「……追手だ。きっとやってくると思っていた」


「追手? そんな奴どこに……あ」


 振り返ってみると、道の真ん中に人影があった。


「あれが、追手か」


「……おそらくな。しかし、妙だな」


「あ? 何が?」


 エルナは顎に手を当てて不思議そうに人影を見ている。


「追手であるなら既に私達に襲いかかってきてもいいはず……それなのに、あの人影から殺気さえ感じない」


「……別に、追手が全員、殺しのために追跡してくるとわけじゃないだろう。っていうか、なんで追手がやってくるんだ?」


 俺の質問にエルナは不思議そうな顔をする。しかし、むしろ不思議に思っていたのは俺の方だ。


 そもそも、今俺の隣にいるリゼは、既に継承戦争に敗北した第二王子の娘。今更コイツがどうこうなったところで、現皇帝の立場が揺るぐわけでもないだろう。


 もっとも、エルナをはじめとして、実はリゼに大勢のシンパがおり、新たな勢力となろうとしているのだとしたら話は別であるが。


「……思い当たる節がないわけではない」


 エルナはよくわからない答えを俺に言った。


「あ、追手……ではないみたいですよ」


 そんなことを言ったのはリゼだった。見ると、追手がこちらに近寄ってきていた。近づいてきた追手を見て俺は思わず驚いた。


「……子供?」


 見ると、リゼやエルナよりも年下そうな少女がこちらに向かってやってきていた。


 服装はエルナのような軍のそれではなく、村娘が一般にしているようなそれである。


 少女はニコニコしながら俺達に近づいてくる。


「どうしたんでしょうか? 道に迷ったのか……私、ちょっと聞いてきます」


「あ、姫様!」


 エルナがそう言った時には既に遅かった。


 リゼはそのまま少女の方に近寄って行った。かと思うと、少女の方もいきなりリゼの方に走り出して言った。


 その手には、まぎれもなく鈍く輝く刃が見えた。


「あ」


 俺がそう言った瞬間、リゼに近寄った少女は、そのまま、リゼの胸に包丁を突き刺した。

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