第34話 人形の彼女 その5

「なんだ。いたのか」


「……貴様、驚かないな。気づいていたのか?」


「いや、別に。俺は愛するリザが死んだ十年前から、感情ってのが鈍くなっているもんでね」


「ふんっ。人殺しが。随分と勝手なことを言うんだな」


 仕返しのつもりか、皮肉たっぷりな笑みを浮かべてエルナはそう言った。


「で、ホントはどういうつもりだったんだよ」


 俺の質問の意味がすぐに理解できたようで、エルナは目を閉じた。


「姫様を護送していた傭兵の中には私と同じように古くからアウグスト様に使えていた者で生き残りをまぎれさせておいた。ソイツに最終的には姫様の護衛を頼んだのだ……姫様が逃げ出すのは予想外だった」


「で、俺と出会ったあいつは、俺に人形にされちまった、と。ああ、ってことは、俺が殺した傭兵の中にお前の知り合いがいたってことか」


 軽い感じで俺がそう言うと、憎々しげな瞳でエルナは俺を見る。


「……お前を見ていると激しい嫌悪感が私を襲ってくる。どうしてだろうな?」


「そりゃあ、お前、俺とお前が同じだからだよ」


「お前と私が? ハッ! 狂人め。同じわけがないだろう」


「いや、まったく変わらないね。お前も人を殺しただろう。しかも、一人や二人じゃない。大勢だ」


 俺は今度はエルナをじっと見てそう言った。俺より幾つか年下の少女は反論に困ったようで、ただ俺のことを見返していた。


「お前も俺も、大事な人のために人を殺した……そりゃあ、その理由は正確には違う。お前は姫様を守るため、俺はさっさと戦争で役目をはたして故郷に帰るため……何も変わらないだろ?」


「しかし、お前は……」


「ああ。そうだ。俺の場合は……なんの見返りもなかった。でも、お前はいいじゃないか。そりゃあ、俺のせいでアイツは人形になってしまったが、アイツはいい奴だ。今の俺でもそれは分かる」


 エルナは何も言わなかった。ただ、その鋭い瞳が少し和らぎ、まるで哀れな者を見るかのような目に代わっていた。


 それはそうだ。俺はどう見ても哀れなのだから。


「ま、そういうことだ。俺を殺したいのならいつでも殺せよ。俺は別にかまわない。ただ俺としては一応リゼの奴は人間に戻してやった方がいい、ってくらいは思っているからな」


 俺がそういうと、エルナは何も言わずにそのままリゼが行ってしまった方向へ立ち去って行った。


 やれやれ……自分で自分が情けない。


「……リザ。俺はどうすればいいんだろうな」


 一人でそう呟き、俺は、星々が輝く夜空を見上げたのだった。

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