第28話 旅の始まり その3

 そして、日が落ちた辺りのことだった。


「おい、ロスペル」


 背後からエルナの声が聞こえてきた。俺は足をとめる。


「今日はここで休むぞ。もう日も暮れたしな」


「……休む?」


 俺は思わず聞き返してしまった。すると、エルナも同じように不思議そうな顔をする。


「なんだ? 何かおかしいか?」


「ああ。可笑しい。誰か疲れたのか?」


 俺の言葉に、呆れた様子でエルナは俺を見る。


「当たり前だ。一日中歩きとおしで、姫様はお疲れだろう」


 その言葉に、思わず俺は噴き出しそうになるのをぐっと堪えた。エルナは怪訝そうな顔で俺を見ている。


「なんだ。何か言いたいことがあるのか?」


「ああ。すまない。じゃあ、聞いてみるといい。リゼ本人によぉ」


 エルナはそれでも理解できていないようだった。


「姫様、お疲れですよね? 今日は野宿となってしまいますが、我慢してください」


「あ……いえ。私は、疲れていません」


 リゼの言葉にエルナは面喰ったようだった。どうやら、エルナは魔人形其の物に関しては詳しくないようである。


「そうなのですか。ですが、疲労はお身体によくありません。どうぞ、早いうちにお休みになってください」


「エルナ……いいのです。私は……眠くもないのです」


 リゼの言葉がやはりよくわかっていない様子のエルナ。さすがにこのまま見ているのもなんだったので、俺は教えてやることにした。


「エルナ、いいか。リゼは人形なんだ。人形が疲れたり、眠ったりすることはないんだよ。だから、コイツは、俺が首を絞めていた時も平気な顔でいられたんだ」


 俺がそういうと、ようやくエルナも理解したようで、憎々しげに俺をにらんだ後で大きくため息をついた。


「……なるほど。わかった。だがな、姫様は姫様だ。こんな夜道を歩かせるわけにはいかない。今日はここで休む」


「なぜだ? 別にいいじゃないか。俺としては疲れないし睡眠も必要もない人形との旅だから、予定より早く終わりそうだと思っていたんだがな」


「なんだと? おい、貴様。まさか、姫様を夜通し歩かせ続けるつもりだったのか?」


 もちろんそのつもりだった。だから、むしろこんなにも早く休むなどと言い出すとは思ってみなかったのだ。


「お前にしてみても、どう見たって普通の人間じゃない。二、三日くらい眠らなくても問題ないだろう?」


「貴様……そう言う問題ではないのだ! いいか? 姫様にそんな過酷なことを強いるということそれ自体が私は許せんのだ!」


 段々と半分怒り気味にそう言ってくるエルナ。なぜそんなに怒っているのかわからないので、むしろ俺が怒りたいくらいである。


「え、エルナ……いいのですよ。私のことは気にせずに……」


「姫様! コイツは罪人ですよ! そもそも、姫様をこのような姿にしたのもコイツなのです。本来ならば厳重に処罰されるべきなのに……」


 そう言われて、俺は思わず笑ってしまった。


「な……何がおかしいんだ……」


 エルナが額に青筋を浮かび上がらせながら俺にそう言う。俺はわざとらしく微笑みながらエルナを見た。


「ふふっ……何言ってんだ。お前だって、人を殺したことくらい、あるだろう?」

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