第17話 故郷 その2

 魔人形がおびえた顔でそう言う。


「もしかして、ここでリザさんが……」


 血……血だまり……部屋の隅に追い詰められ、命乞いをする女。


 そして、それを無慈悲に短剣で喉元を切り裂く、冷たい瞳の男……


「う……うわぁぁぁぁぁ!」


 思わず俺は叫んでしまった。魔人形は目を丸くして俺を見ている。


「ど、どうしたんですか?」 


 其の顔はリザそのものだ。リザ……俺の愛した人……なんで? なんで生きている? どうして俺を見ているんだ?


「り、リザ……や、やめてくれ! 来ないでくれ!」


「え……お、落ち着いてください。なんで、そんな……」


 息が苦しい。こんな家にはいたくない。俺は慌てて家を飛び出した。


 そして、そのまま視界に入った一人の男性に駆け寄っていく。


「お、おい! アンタ!」


 老人は俺の剣幕に最初驚いていたが、すぐに怪訝そうな顔で俺を見る。


「な、なんだ。お前は……」


「なぁ? この村は、戦争の被害にあったんだよな? そうだよな?」


「はぁ? 戦争? 何を言ってるんだよ。こんな田舎まで兵隊がやってくるわけ、ないだろうが」


「え……で、でも……こ、この家の女! 殺されたんじゃ……」


「え? あー……ああ、そうだね。あったよ。もう十年くらい前か。でも、その事件は全然戦争は関係ないって聞くぜ」


「は? じゃあ、なんで……」


「うーん……俺はあんまり詳しくないが、なんでも色恋沙汰で問題になったらしいじゃないか。えっと……ああ! 思い出したぞ」


 と、男はそう言って眉間に皺を寄せる。


「あんまりいい話じゃないんだが……この家に住んでいた女は男が戦争に行っている間に、別の男と出来てたんだよ。それで帰ってきた男に殺されちゃったって話だったねぇ……まぁ、戦争で苦労して帰ってきてみたら、愛した女が他の男とくっ付いてたら殺しちゃうって気持ちもわからんではないけどねぇ」


「う……嘘だろ……」


「嘘じゃねぇよ。思い出したんだ。そうだなぁ……村長なら憶えているんじゃないか? 大分歳だが、村での葬儀は全部村長が取り仕切るからなぁ」


 無論、俺はその場に立ちつくすことしかできなかった。ありえない……そもそも意味がわからない。


 一体全体どういうことなのか。殺されたって……


「……ん? おい、アンタ、もしかして……」


 男性は俺のことをジロジロと見ている。すると、男性ははっと何かに気付いたようだった。


 そして、いきなり振り返って村中に対して叫ぶ。


「おい! ロスペルだ! リザ殺しのロスペルが帰ってきたぞ!」


 その瞬間、村の雰囲気が一変した。そして、すぐに村中の男たち全員があっという間に俺を取り囲む。


 皆一様に非難の視線……というよりも、憐れみの視線をむけていた。


「ロスペル……帰ってきおったか」


 そして、群衆の中から、顎鬚が立派な一人の老人が顔を出した。


「アンタが、村長か……」


「何を言っておる。孤児であったお前とリザの面倒を見てやったワシの顔を忘れたというのか?」


 正直、その顔に全く見覚えはなかった。むしろ、俺は既に混乱していた。


 俺がリザを殺したって? 冗談も大概にしてほしい。そんなことがあるわけないじゃないか。それなのにこいつ等は俺を取り囲んで……


「……まぁ、いい。とにかく、ワシの家まで来い」


 俺は迷った。別にこの場にいる奴らは今の俺にとってはどうでもいい奴らだ。


 ここでこの前あの女を追っていた奴らと同じような目に併せてやってもいいが……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る