第16話 故郷 その1

「……もういい。俺は寝る。お前と違って俺は人間なんだ。今度は起こすなよ」


 人形は何も言い返してこなかった。俺は今度こそ目をつぶり、意識を眠りに落し込んでいく。


 しかし、魔人形を作ってからのこの感覚はなんだ? 俺は、このまま故郷に戻っていいのか? 何か大切なことを忘れているような……


 いや、そんなことはない。俺の人生にとってはリザがすべてだったんだ。それ以外は憶えている必要なんてないんだ。


 そう思って、俺はそのまま眠りにおちていった。そして、次の日の早朝には、俺の目の前に、十年前に別れを告げた故郷の村があった。


「ここが、貴方の村ですか」


 人形が珍しそうに村を眺める。まるで始めて村という存在を見たかのような反応だった。


「あまりキョロキョロするな。人形だとバレたら困るだろう」


 俺はそういって人形に対しフードを目深にかぶせた。


「あ……すいません。でも、思ったのと違ったので……」


「何? 何が違うんだ?」


「その……てっきり戦争に巻き込まれたからもっと寂れているのかと……」


 言われて俺も気づく。確かに、俺の村は戦争に巻き込まれたはずだ。巻き込まれたからこそリザは死んでしまった。それなのに、今俺の目の前にある村はまるで何事もなかったかのように平和そのものである。


「……こんな辺境の土地にでも戦火が及んでいたなんて……戦争とは、悲しいものですね」


 目を細くして、人形はそう言った。こんな辺境の地……戦争はあった。しかし、こんな田舎まで戦火が及んだのかといわれると、疑問が浮かんでくる。


 いや、戦争はあったんだ。そして、戦争は確かに俺から何もかも奪っていったんだ。それだけは間違ない。


「行くぞ。リザの家に」


 俺は歩き出した。人形もその後を付いていく。人形の言うとおり、村は平和そのものだ。子供が駆け回り、年寄りが居眠りをしている。


 そんな村の中央を通り、村の端までやってきた。


「ここが、リザの家だ」


 十年間、変わらずにそこにリザの家があった。かつて、俺とリザが暮らした家。俺とリザはそれこそ兄妹のように過ごしていた。もちろん、俺は明確にリザを愛していたし、リザももちろん俺を愛していた。


 だからこそ、この家はリザと俺にとっての思い出であり、リザの墓そのものなのだ。


「ここが貴方の……お家に入らないのですか?」


 人形の言葉に従ったわけではないが、俺はそのまま家に入った。家の中は埃っぽかった。家具も何もなく、ただ伽藍とした空間が広がっている。


「十年ぶりか……何もなくて当然だな」


 リザとの思い出の家といっても、何もなければただの家である。それにこの家でどれだけリザのことを想ってみてもリザが生き帰ってまた俺の元に来てくれるわけでもない。


 だからこそ、俺は十年かけて魔人形を完成させたというのに……俺は思わずまたリザではない見ず知らずの女の魂が入った魔人形を睨みつけてしまった。


「あの……これ、なんですか?」


「あ? なんだ?」


 ぶっきら棒に訊ね返してみる。見てみると、魔人形はなにやら座り込んで部屋の端を見ているようだった。


「ここです。ここ……染みのようになっていますよ」


「なんだって? あ……」


 魔人形の言うとおり、部屋の隅には大きな染みのような痕跡があった。その染みは赤黒く、まるでそれこそ――


「血……ですよね。これ」 

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