第4話 ある男の十年 その3

 俺はまず、魔法ということで魔女を探した。


 魔女といっても、この世界……少なくとも、この国で言う魔女は、魔法が使える存在そのものを指すのではない。


 あくまで、不思議な薬の製造方法に詳しかったり、天気の予報なんかをする占い師のことを、ズール帝国領内では魔女と呼んでいる。


 俺はひたすら魔女に「魔人形」についての話を聞いた。無論、大多数の魔女達は恋人を失い狂った哀れな兵士のたわごとだと、まともに相手をしてくれる人はいなかった。


 「魔人形」に関する噂の追及は、三年間続いた。十年のうち三年は「魔人形」の話を聞き続ける旅だったのである。


 そして、帝国領内を渡り歩き、既に行くあてもなくなった最後、帝国最後の辺境……港から船を出してもらった孤島でその旅は幕を閉じることになる。


 孤島にいたのはシコラスという魔女だった。彼女こそ「魔人形師」としての俺の師匠に当たる存在である。


 シコラスは最初、ニヤニヤしながら俺の話を聞いていた。俺は、その笑顔が不快で話をするのをやめてそのままシコラスの工房を出て行こうと思ったが、なんとか我慢し、そのまま俺のありのままの欲望、つまり、愛するリザを、魔人形にすることで生き返らせたいと言う話をした。


 するとシコラスは嬉しそうにニンマリとほほ笑んだ。そして、俺に対し、五年間、自分のもとで修業すればなんとかなるだろうと言ってきたのである。


 俺はシコラスに感謝した。そして、何度も頭を下げた。しかし、シコラスは相変わらずなぜかニヤニヤとした笑顔で俺を見ていたのである。


 そして、シコラスの修行が始まった。しかし、修行といっても、俺はシコラスから魔法の呪文を教わったなんてことは一度もない。俺はただシコラスが指定した魔人形の原材料を、再び帝国内を旅して集めることになったのである。


 シコラスの指定する材料は、意外なことに実在する材料ばかりだった。龍の角とか、天使の羽根とか、幻想的な材料は一切なく、普通の、それこそ今から日曜大工でも始めるのかというレベルの材料ばかりであった。


 それでも、材料を集めるのには一年かかった。そして、それから六年間は、俺はひたすら魔人形を作成するための修行をすることになる。これはもはや魔法ではなく、むしろ人形師としての修行であった。


 シコラスが指定した。帝国の北部にしか生えていない種類の木材から、まずは魔人形の体を作りだすのだが、これが一番苦労した。というより、これがすべてであったと言える。


 俺は努力家であり、理想家だ。納得いかない出来なら作り直すしかないし、そもそも人形なんて作ったことがなかったから何度も失敗し、木材が無駄になり、何度か木材を仕入れ直しに行く羽目にもなった。


 そして、それが終わると魔人形の細かい部分、つまり、目の部分の作成だった。シコラス曰く、目はもっとも力を入れる部分であるからと言われ、これに関しても作り直しが何度も行われた。


 さらに、魔人形を作る際には必要ないが、俺が注文した「リザとしての魔人形」を作るには、リザ自身の身体の一部分を人形に組み込む必要があると言われた。


 幸い俺は、リザのもっとも美しい部分、彼女の黄金色の長い髪の毛をいつも肌身離さず持っていたので、人形の頭部にそれを組み込んだ。


 そして、すべての工程が終わった。その時には、既に戦争が終わり、また、リザが死んでから十年経っていた。

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