第3話 始まり
僕の作った少女。彼女は少女と呼ぶには不格好で、機械じみていた。
僕は彼女をもっと人間に似せようと手を加えた。
それを知った村の人たちは、いろいろなものを援助してくれた。
少女――タンタラと僕が名付けたその少女は、もはや見分けがつかないほど人間に酷似していた。
◇◆◇◆◇
ぎいっと音を立てながら、バラダは冒険者組合の戸をくぐる。その扉は普通の木製の扉ではなく、まるで西洋映画の酒場に出てくるような扉だ。全く持って無駄な説明だが、もしかしたら重要になるかもしれないので述べておく。
このバラダは一体どちらのバラダかと聞かれれば、死んでいないほうのバラダである。あの後、隣国へと逃れて冒険者組合に入って、もう一年になる。まあ、冒険者組合に入るときにちょっとしたいざこざがあったのだが、それは割愛させて頂く。
はて、この冒険者組合。よく聞く冒険者ギルドと何が違うのか。大きく分けると、以下の二つが挙げられるだろう。
まず一つ、冒険者ギルドは冒険者が自主的に依頼をこなしていくが、冒険者組合は仕事が割り当てられる。正確に言うと、こんな依頼があったのだがやってみる気はないか、というような形で提案されるのだ。すなわち、すべて冒険者任せのギルドと違って、できるだけの実力があると判断されたものだけに依頼が来るのだ。では、組合所属の者は依頼がない時に何をしているのか。自分で獲物を探索しに行ったり、迷宮――俗に言うダンジョンに潜ったりするのである。そこでモンスターと戦い、実力をつけながらドロップ品を売り払って金を稼ぐ。ちなみにどうやって依頼を出せるか判別しているかというと、登録時に渡される組合所属証明書には、倒したモンスターが記録され、その数や種類によって判別しているのだ。
もう一つは、ギルドは全てが自己責任で、指名依頼が失敗の場合はギルドマスターの株が落ちるだけだが、組合はダンジョンに潜ったり自分で探索したりした場合のみ自己責任で、依頼失敗の時は組合の株が落ち、それだけでなく冒険者に対する賠償がある。それは実力に合わない事をさせてしまったことに対するお詫びであり、死んだ場合には遺族に賠償金を支払う。たまに稼ぎの良い冒険者が死んだことで破産する組合もあるのだが、死の危険が伴うものに関しては誓約書が交わされることが多い。余談だが、パーティに寄生することによって高難易度の依頼を受け、賠償金を取って行く者もいるために、たとえ死の危険が伴わない依頼でも、寄生が疑われる場合は誓約書を書かされることもある。
さて、この一年でバラダが一番感じたことは、自分がとてつもなく弱い、ということだった。筋力や耐久力に俊敏さ、駆け引きの巧さなど、戦うのに必要な能力がバラダには皆無だったのである。スキルという、一人に一つ備わっている特殊な力があるにはあるのだが、バラダはまだそれを開花させていなかった。
もちろん、あの青年からもらった刀だけでなく、他の武器も手に取ってみた。しかし、槍をやろうにも筋力が足りずに外してしまい、盾を持とうにも力が足りず押し切られ、斧をやろうにも遅くて避けられてしまう。弓など力が弱くて弓を引けないという具合なのだからお手上げだ。残るは魔法という手段だが、これにはほんの少し才があった。しかし、それも生活に使えるという程度であり、攻撃の手段としては乏し過ぎた。
そんなバラダが今まで生活してこれたのは、バラダを気に入った受付嬢たちがブロックンという物理攻撃はさほど通らないが魔法にはめっぽう弱いモンスターの討伐依頼を優先的に回してくれたからだろう。組合直営の安宿で暮らしていて、朝晩の食事もそこで摂れるため、なんとか暮らすことができている。
だがこのバラダ、なんと驚くべきことに料理だけは上手いのである。それこそ料理店を出せるほどの実力の持ち主で、ときどき余った報酬を使って作ったお菓子を受付嬢のところに味見してほしいと持っていくため、バラダを気に入っている人は多い。その反面自分より料理がうまいことに嫉妬している者もいたのだが、バラダのお菓子はそんなことを忘れさせるおいしさを誇っていたのでもうこの組合に彼に文句を言う受付嬢などいないのであった。
バラダの表情がいつも儚げなこともまた、受付嬢たちを引き付ける一つの材料となっている。だが、それなのに一人として彼と付き合いたいというものはいないのだから驚きである。感じているのはどうやら保護欲のようだった。
そのことをバラダもよく分かっていて、分かっているのにも
「こんにちは。今日は依頼、来てますか?」
静かな、冷めた声音。それなのにどこかやさしさを感じさせる声だった。バラダのその言葉に、受付嬢たちは残念そうに首を横に振る。
その様子を見たバラダはバスケットを目の前の受付嬢に渡し、
「どうぞ、差し入れです。これが――」
バラダはこの一年間で受付嬢たちの好みを把握したらしく、一人ひとりの口に合うようにそれぞれのお菓子を作るようになっていた。
近くにいたバムルに刀を抜いて思いっきり切りかかってみる。ボヨンという音がしそうなぐらい余裕に弾かれてしまった。俊敏な動きで(新米じゃなくなるとその程度の動きは普通にできるようになるからそこまで速くはないが)撹乱し、隙あらば体当たりをかましてくる。
ああ。やっぱり僕には無理だなあと思いながらバムルに背を向ける。もちろん体当たりが飛んでくるが、それを盾で何とか受けて弾き飛ばす。そしてそのまま走り出してバムルと距離を取った。盾は腕の甲につけるような小さなもので左腕に装備している。大きな攻撃を止めることはできないが、バムル程度ならば受け流すことができる。ゴブリンでもう無理なのだから、先が思いやられるが。
ようやくお目当てのブロックンと出会ったバラダは、集中してイメージを練る。小さな炎をイメージしてそれをブロックンに向かって飛ばした。被弾したブロックンが「キェー!」と甲高くも気分が悪くならない声をあげて火に包まれる。
ブロックンは石ころに絵に描いたような丸い目と口がついていて、動いていないようで実は少しずつ動いているモンスターだ。特に被害は出ていないモンスターなのかと思いきや、街道をふさいだり見た目とは裏腹な秘めた圧倒的な攻撃力で家を破壊されたりと、そこそこ被害の出ているモンスターなのだ。
小さな火の玉の被弾から程なくして、ブロックンが事切れる。それを助けようとした周りのブロックンにも引火し、次々と現世と別れを告げていった。その日は結局その一回で合計五体のブロックンを倒したのだった。
肝心のドロップ品だが、元が石ころなだけにあまりいいものは出ない。光る石や、魔石が出ればそこそこの金額になるため、少しだけ贅沢ができるのだが、今日出たのは緑の石二つと青の石、黄色の石と赤の石の五つだったため、たいして稼ぎがいいとはいえなかった。
生活に使えるぐらいの魔法が使えればいいのであったら、ブロックンなど依頼に出すまでもなく倒せるのではないかと思われるが、そもそも魔法を使える人間が十万人に一人ぐらいの割合なので、偶然その村に魔道士やら手足れの冒険者やらがいない限りブロックンを倒すのは難しいのである。しかも、魔道士は攻撃魔法を覚えていない場合が多いので、必然的にブロックンの依頼は回ってくるのだった。
バラダは街に帰り、五個の石を売って銅貨五枚を受け取った。ちなみに普通の一人暮らしで倹約していれば銅貨四枚で一日暮らせる。つまるところ、バラダは全然貰えていないのである。通貨は下から鋼貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、白金貨で、百枚ごとに切り替わるようになっている。
バラダが街に着いたころ、もうすでに街は夜の街へと豹変していた。もうこの光景も慣れたもので、始めは多少驚いたが、今はそれを日常的に受け入れている。娼館からの客引きに持ち合わせがないと答えて断り、一発当てないかいと破滅へと一方通行な文句を売りにするカジノを潜り抜け、そこでふと、何かの視線を感じたバラダは足を止める。
視線を感じたほうに目を向けると、そこは奴隷売買を行う店だった。『みんなに笑顔を』というスローガンを心のうちで掲げるバラダには心象があまりよろしくない。が、またも視線を感じ、その視線の主を探さんと首を回し始める。程なくしてその人物は見つかった。檻の中に入れられた一人の金髪の女の子が、真っ直ぐに自分のことを見つめていたのだ。そこに表情はなく、その時のバラダにはまだ、その女の子が何を訴えているのか理解することができなかった
バラダは訳が分からなくなり、今日もらった報酬の半分に当たる銅貨二枚をころころっと檻の中に転がしてやった。それを受けて一瞬金髪の女の子が表情を崩したような気がしたので、バラダは注意深くその表情を探る。しかし、先程と変わらない無表情な顔が見えるだけで、そんな様子はちっとも見つからなかった。だがなんとなく、その女の子が『ありがとう』と、そんなことを伝えてきている気がした。
その場に突っ立っていると、奴隷商から声をかけられる。
「あの金髪の子が欲しいのかい?」
「あ、いえ。そんなお金は、持ち合わせていないので」
「あ、そうかい。あの子は高いからねー。安くても銀貨二十枚ぐらいかな」
そんなにするんだ、あの子。僕にはとても手が届きそうにないなぁと思いながら、バラダはその場を去った。
次の日、通りがかった時にふと見てみると、もうあの金髪の女の子は檻の中にいなかった。
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