第1話

今夜の私はどこだろう?

いつだろう?

そして。

誰だろう?


愚問だ。

私はわたし。誰かの中の。

いつかの。

そして何処かの。


「あなたのいる向こう岸はどんな世界でしょうね。」


「そこは何色の花が咲いてますか?」


「そこは他に誰がいますか?」


「久しい人に会えましたか?」


「大好きなおはぎをお腹いっぱい食べてますね。きっと。」


「でも。今日ぐらいは此方の岸の私を思い出して。」


「もう一度だけお逢いしとう御座います。」


ああ。春だ。梅の香りがする。


「もう一度そのお胸に抱かれとう御座います。」


柔らかな土の匂いがするあたたかな風が頬に当たる。一滴の涙が伝う頬に。泣いているのか?こんなに春なのに。

見上げた空に一筋の飛行機雲がうまれる。

二筋、三筋、どんどん増えてくる。

遠くで聞こえるエンジン音。


「まだ殺すのね。何人も何人も。」


響き渡るサイレン。


「この子だけはお守りいたします。あなたの生きた証を。」


女は立ち上がり、まだ膨らみの目立たないしかし確実にそこにいる存在を確かめ愛しむように腹をさする。私は安堵する。そして必ずその顔を見たいと強く願う。


女は走り出す。その振動に耐えるように私はまだ未成熟な手で、目の前にある紐みたいなものに必死にしがみつく。


爆音が近付いてくる。

叫び声、怒号、泣き叫ぶ赤ん坊、色んなものが焼ける匂い。しかし私は守られている。あたたかい海の中に。生きると強い意思を持った女に。


物凄い衝撃で女の体が宙に浮いた。私は紐から手を離してしまった。次の瞬間に爆音。しかしすぐに世界は静かになった。真っ赤になって静かになった。

ごめんなさいね。そんな声が聞こえた気がした。


ごめんなさいね。

守ってあげれなかった。

ごめんなさいね。

産んであげれなくて。

ごめんなさいね。

ごめんなさいね。


「いいんだよ。頑張ってくれてありがとう。」


赤い世界は消え真っ白になっていた。

どこかで優しい太い声が聞こえた。


「迎えにきたよ。」


大きな何かに女の体が包まれる。私も包まれる。


そして私は深い眠りに落ちた。

二度と目覚めぬ意識と離れて。












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