第3話:逃げ
私はなんとか手術室から逃げだし、都市を抜け出そうとしていた。脳の解放は済んでおり、2つの意識が1つの肉体に入っている状態になっている。追手が来ていたかは分からないが、今は念のため下水道を歩いていた。2つの意識のせいでただでさえ頭がまともに動かないのに、鼻の穴が臭いの分子でみっちり詰まってしまうほどのひどい臭いを味わっているのでさっきから何度も下水にはまりかけている。右が下水の入っている溝で左手に壁と取っ手があり、取っ手を掴みながら歩いているがもし取っ手がなければ私は下水に何度も頭を突っ込む羽目になってただろう。
2つの意識に分かれてしまった脳はというと、初めこの状態になったことに気がついた時よりは少し安定してきた。初めはお互いが混乱して物事を考えすぎ、共有している脳がパンク寸前になってしまい、2つの意識がパンク寸前になったことに気づいてさらに混乱し危機的状況に陥っていたが、今は非常に不快な状態ではあるがある程度落ち着き、お互いの一致している目的であるここからの逃走を図っている。少なくとも予定通りの逃走という行動経路での行動は出来ている。
体を動かすことに関しては、主に上半身を私が行う事になっており、下半身は後から生まれた「私」、手術で脳を解放した時に生まれた私から見ればコピーの私、私2号が行うことになっている。つまり分担作業で二人立の獅子舞のようなものであろうか。これはお互いが体の自由を奪ってしまうということを起こさないためだ。片方が体を完全に動かすことになるともう二度と自分が体を動かすことが出来なくなってしまうかもしれない、そう私たちは考えた。睡眠してしまうとその隙に奪われてしまうかもしれないが、それに関してはまた後で考える予定である。
ポケットに入っていた可視光レーザーモジュールから発生する光を凹レンズで広げることにより真っ暗闇な先を照らし歩く、予定ではこのまま先へ歩いていき親戚内では頭は良いが変人扱いされているおじさんの家に行く。
つい先日私は叔父さんとたまたま連絡をとり、脳の交換について疑ってしまっているという事を相談した。私としては脳の交換について君は考えすぎている、全ては上手くいくと言ってもらい安心するため相談していた。しかし叔父さんからの言葉は意外なものだった。
「誰にも言わず俺のところまで来い、いいかお前の親にも相談せずだ、俺のところまで来れればその都市を逃げ出しても匿ってやる」
この言葉に私は非常に驚いた。脳の交換から逃げた人間を匿いでもすれば、発覚した時叔父は間違いなく罪に問われるだろう。なぜ大して交流もない甥を助けようと思うのか、私は叔父を疑い理由を聞いてみたが、何度聞いてもこちらに着けば教えてやるとしか言わなかった。
そして叔父から都市長を脅す、人質を使うなど様々な逃走のためのアイディアをもらい、また今の段階であれば半分止めてしまっている脳も脅すことによって解放することは出来、おそらく元の脳に戻せるのでは?といった考えももらったのだが、逃走経路はともかく脳の解放に関しては大外れだった。途中で手術をやめた人間はいないためどうなるか詳しくは分からないと叔父から聞いていたが、見事にはずれだった。脳は今のような状態になっている。
「ここまでの状況は考えていなかったな…」
私は脳を解放することによって徐々に脳の機能が復活していき、その箇所に該当する働く必要がなくなったナノコンピューターは活動を徐々に停止して元の脳に戻すことが出来るだろうと考えていた。しかし結果は一つの肉体に二つの意識体である。
「集中しろよ私、あんまり悩んだりして脳を使われると私が困る。余計なことを考えるな」
私2号が私に、私が脳の容量を大きく使っていることに怒る
「そんなこと言ってもまさかこんなことになるなんて。親とアナシアを捨てるまでは覚悟していたけど脳の自由まで奪われるとは予想出来なかったよ」
「うるさい、とにかく今は逃げることだけを考えろ。頭が不愉快だ」
それだけ言い私2号は黙る、私は悩んでいるのに私2号は随分割り切って物事を考えている。すでに性格が違ってきているのだろうか?いやそんなことはないだろう、おそらく言ってみれば客観的な視点というか、私が悩んでいる状態を私2号が見ることによって悩んでも仕方がないと感じているのだろう。お互いの深い感情の機微は半分の脳を通して伝わってくる。出会って十数時間程度しか経っていないが私たちは親よりも理解しあっている関係になっているだろう。なんせコピーで、感情の機微が分かって、相手が悩むと非常に迷惑するという関係なのだから。
私、いや私達は闇を光でまっすぐと切り裂きふらふらと歩いて行った。
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