機械兵士はシウマイ弁当の夢を見ない。
ケンコーホーシ
第1話
秋葉原から神田に向かう途中に小さな公園がある。
営業周りの休憩がてらタバコをふかしに寄ることがあるのだが、そこには奇妙な構造物があった。
いや、"物"だなんて呼んでしまっては失礼かもしれない。
戦争から三十年の歳月が流れたとは言え、彼は紛れもない英雄なのだから。
鈍色の頭部は煤けても打ち付けられた鋲は未だ緩まず。
逆三角の両眼は色を失おうとも生命の残滓を想わせて。
伸びゆく大樹の如き両腕は厚みある体躯とともに地面に埋められ。
歴史的遺物とも見紛う存在感と裏腹に、そこには奇妙なSF感と愛嬌があった。
――――機械兵士。
三十年前の大戦の英雄にして無数の亡骸をこの地に沈めた殺人兵器だった。
「…………ふぅ」
どうしてコイツが神田の外れた公園に打ち捨てられているのか俺は知らない。
かつて、歴史の教科書によると機械兵士は、人間に代わる戦争の道具として数万を超える数が導入された。
そのルーチンは単純で、敵と認識した戦闘機や戦艦を人間の代わりに『戦闘機や戦艦で』撃ち落とすといった物だった。
彼らの攻撃手段はその自慢の機械の肉体――という訳ではなく、あくまでの人間の代替者としての戦闘機・戦艦の操作といった物だった。
どうして無人機の開発ではなく、人間の代わりにそれらを操縦させようと思ったのか、それは無人機開発の難航や機械兵士の完全量産の難しさから来るとても現場主義的で短絡的な暫定対応の香りのする奇妙な歪みが見て取れる。
ともあれ彼らはそうした人間の社会における厄介な弾みからこの世に生み出され、戦いに身を投じることになった。
(ふつーなら立て札の一つもあって良さそうなもんだが)
兵士はそんな過去を感じさせつつも今は公園のオブジェの一つと成り果てていた。
ブランコ。
鉄棒。
ジャングルジム。
水飲み場。
その程度のシンプルな構成の公園の中に、しかも中央ではなく少し端の位置に埋まっている彼には妙な同情と慈しみを感じざるを得なかった。
(おめーも、そんな所にはいたくねーだろうに)
本来ならば博物館だとか記念館だとかそういう所に展示されて、大切に磨かれて飾られれ然るべき身だろうに。
砂埃をかぶって子供らに蹴られて登られる身分じゃあるまいし。
俺はそう思いながらタバコの火を消して二本目を取り出そうとすると、近所のママ方がベビーカーを引き連れてこちらに向かうのが見えてきた。
やれやれ予定時刻にはまだ早いが行くとするか。
立ち上がりチラリと機械兵士を横目に見ると、奴もこっちを見つめ返してきた気がした。
◆
「しかし葛西君には悪いことをしたね。つまんない汚れ仕事を引き受けさせちゃって」
「や、いいっす。仕事ですから」
市ヶ谷の営業所から総武線に乗って揺られながら俺は端末に掛かってくるメールの返信を済ます。
課長からお願いされた依頼内容は前任者が逃げ出した案件の撤退についてだった。
「できるだけ関係は崩さないように穏便に、かと言って発注頂いてた分の一部はきちんと請求するように」
詳細は人伝だったがどうやら俺の前の人間が聞くに耐えない大ポカをやらかして顧客は大怒りらしい。
うちの対応としては上役がわざわざ出向いて謝罪してひとまずは事なきを得たが、営業担当は他の人を回して欲しいというのがアチラさんのご要望で。
かと言って人も足らず全員が何かしらを抱えているこの状況でデリケートな火消しを任せられる人物は限られてくる。
「ごめんね、葛西君には感謝してるから」
課長の切れるカードは少ない。
うちの課でギリギリ余裕があって敗戦処理を依頼できそうなのが俺だけだったって話だ。
「これが評価に直結するのならまだマシだが」
売上をすぐに上げられるような案件でもなければ、
さほど大きな将来性の見込めるお客さんでもない(失礼な話だが……)。
俺に得られるのは課長からの好感度くらいのものだろう。六十近い定年間近のオジサンの好感度を上げたところで次に繋がるものだろうか。
(損得勘定で考え過ぎか)
自戒しつつそれでもきちんと仕事はこなす。
俺は客先を出て遅い昼飯を取ろうかと弁当を買い、あの公園のことを思い出す。
どうも機械兵士の顔を見ておきたくなった。
現在地から少しだけ離れた場所にあったが、俺は歩いて例の公園に出向いた。
「よう」
幸いにして公園には誰にもいなかった。
いや正確に言うと猫が何匹かいたが、俺を見ると何処かへ逃げ出してしまった。
すまないな。
心で謝りつつベンチに座って、弁当を食う。
「……」
特に言葉を交わすわけではないが心が落ち着くのはどうしてだろう。
俺は弁当を食べ終えて一服する。
機械兵士は無言の振る舞いで失った光なき目で虚空を眺めている。
その言い知れぬ哀愁にどこか自分を重ねているのだろうか。
かつて戦った背景を持つ孤高の兵士。
その後世を語られぬこともなくこの見ず知れずの公園で朽ちていく有様に人生の無常とこの世の儚さを覚えるのか。
(なんだっけな、祇園精舎の、かねのこえ……)
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
たけき者もついには滅びぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。
ググった。
端末で調べた結果には平家物語の冒頭の一節とあった。
(馬鹿か俺は)
いい大人が何が平家物語だ。
何だかロマンチシズムに過ぎる自分に嫌気が差し、俺は弁当を袋に入れてその場を去ろうとする。
すると前から綺麗なご婦人が日除け帽をさして歩いてくるのが見えた。
いくつぐらいだろうか。
若くはないだろうが、その佇まいからは彼女の年齢を把握することはできなかった。
俺と入れ違いに彼女は公園に入っていったが、ふと数歩歩いてから俺は何の気なしに公園の方を振り返った。
「…………」
彼女は機械兵士の頭を大切そうに磨いていた。
相変わらず彼は失った光を取り戻そうとはしないが、それでも煤けた身体の一部はほんの少しだけ綺麗に保たれた。
俺には彼女と奴の関係について何もしらない。
今から戻ってその事実をたずねようとも思わない。
ただ、どこかで救われている自分がいる気がして、俺はご婦人に感謝して自分の会社へと戻ったのだった。
◆
この話はここでお終いなのだがもう少しだけ後日談がある。
俺は次年度から課長に昇進することが決まったそうだ。
今の爺さん課長はまだ定年には早いはずだが、先に役職の任だけといて後続に任せるそうだ。
「いいんすか、そんなことして。給与さがるでしょ?」
「この前、肝臓のとこに腫瘍が見つかってね。通院しながら働くからもう人の管理はできないよ。早期退職もするつもり」
事情は分かるが俺にその席が回ってくるとは思ってなかった。
「人が足りないんだよ。神田のとこの案件を持ち直したことを言ったら部長も喜んでて推薦してくれた。課長職はつまんない汚れ仕事だけど、よろしく頼むよ」
「そんな……」
出世を狙って引き受けた仕事じゃない。
ただ無目的にやるべき任務を遂行してきただけだ。
酷い請求を吹っかけたこともあるし、嘘をついて納期をズラしたこともある。
世間的に見れば手放しで褒められた仕事じゃないし、仕事ぶりでもない。
ただ、機械のようにやるべきことをやってきただけだ。
「いいんだよ。葛西君が自分のことをどう思ってるのか知らないけど、君は紛れもなく私らチームのヒーローなんだから。埃をかぶってないでキチンと出るべき所に出て評価されるべきだ」
あれから数年の歳月が経ち、外回りの仕事も減った頃、ふと再び神田のあの公園に行く機会があった。
何となく時間があれど立ち寄らずにいたのだが、自分の中で何かの整理がついたのだろうか、ふと前と同じように弁当を買ってその公園に出向いてみた。
「お……」
ちょっとだけ驚いたのが、機械兵士の前に小さな立て札が据えられていた。
――――XX69年、第四次空戦用機械兵士V-00D178、ここに眠る。
それを誰が置いてのか、あるいは置くように動いたのか、物語の蚊帳の外にいた俺には分からない。
だけれども笑ってしまうのはその立て札があろうとなかろうと機械兵士の表情は一向に変わらなかった。
「少しは嬉しそうな顔をするもんだけどな」
感情を乗せるのはいつだって他人だ。
本人の知り得ぬ所でも世界は回って勝手に物語を描かれる。
けれどそれが結果的に幸福をもたらすこともある。
この機械兵士は最初から最後まで感情なんて寸部たりとも存在していないのだろうが、それでも彼の心は俺とかあのご婦人とか立て札を作った見知らぬ誰かのところにある。
それは意図せぬウィルスのように外部メモリとして貯蔵され、気づかぬうちに拡散していくものなのだ。
そういう風に、きっとできている。
(終わり)
◆あとがき
サモンナイト3の実況やってるんですが、そこに出てきた機械兵士のシナリオが悲しかったのでその気持ちを胸に書きました。
結構いいSFになったと思います。派手じゃない話ですが満足です。
機械兵士はシウマイ弁当の夢を見ない。 ケンコーホーシ @khoushi
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