3
「どうして、その話を?」スミレは首を傾けた。
彼の話から、恋というものがまるで読み解けない。
「あなたが超人的な観察能力を持っていることしか伝わりませんでした」
「それに関しては、生まれ持った才能ってものだからね」そう言うと、男は冷めたコーヒーを口にした。
「これは後から知ったことなんだけどね。ノノはA社が開発した最新式のロボット、つまり君のお姉さんにあたる」
スミレはハンマーで強く後頭部を叩かれたような気がした。スミレの手が僅かながらに震えた。手だけではない、体全体が震えるのを感じた。「どうして……」
どうしてそれをこの男が知っている。
声にならない声が、スミレの中で弾けた。
「君はお姉さん、ノノによく似ている。彼女も初めて会った時は、喫茶店で何も頼まなかった」静かに男が口を開いた。
「気が付いたのはあなたが初めてです」スミレは悔しそうな声を漏らした。「そうだろうね」と、男が優しく答えた。
「あの頃はロボットが人間社会に溶け込むだなんて、誰も想像していなかった。でも、今は違う。この国の人口より遥かにロボットの存在はありふれている」
スミレは男の目を直視することができなかった。なんでも見透かしているようなその瞳には、少しばかしの恐怖を感じた。
「さて、君の問いに答える前に、私から一つ質問しても良いかな?」
スミレは小さく頷いた。
「君はどうして、ロボットであることを隠そうとしたんだい?」
「それは……」スミレは答えに詰まった。いや、本当は分かっている。その問いの答えは明白であった。しかし、それを口にするのが恐ろしかった。
男は冷え切った珈琲を飲みながら静かにスミレの答えを待っていた。
「ヒトとして生きてみたい。そう思ったからです」ゆっくりとだが、確実にスミレは自分の思いを述べていった。
「この世界に生を受けて、与えられた役割を果たす。それがロボットなら、ヒトとの違いって何だろうって感じるのは当たり前じゃないですか」後半になるにつれて、スミレの声は大きくなっていった。
「人だってそう!」スミレは強く吐き捨てた。
「先代によって創られたラインに載せられて、社会に適合するように形作られる。そして、個体性能によって選別された後、オーナーが個々に値段をつける。挙げ句の果て、最後は壊れるまで使い潰される。それってヒトもロボットも同じじゃないですか!」
だから、スミレは知りたかった。ロボットとヒトの違いは何か。ヒトと同じように学校へ通い、ヒトと同じように交友関係を持って……そうすれば何かが分かると思った。
それでも分からないモノがあった。それが恋。
気がつくと、スミレは大粒の涙を流していた。次から次へと溢れ出る涙を止める術をスミレは知らない。プログラムのエラーかと思った。が、そうではないことは明白であった。
「人として生きてみたい。それこそ、君は自分がロボットであることを最初から肯定している」コトン、と男はカップを置いた。
「君は私のことをどう思う? ヒトだと思うかい?」
スミレはゆっくりと顔を上げた。「ヒト、ではないんですか?」
「その根拠は?」男は静かに追求した。
「あなた珈琲を味わっている。その行為はロボットであれば、その必要はない」
スミレの言葉に男はコクコクと頷いた。「確かに」そして、男は言葉を続けた。
「だが、こうとも考えられる。水分を体内に保持することはロボットにだって可能だ。食事も同じだ。消化からエネルギー転換へのプロセスを必要としないだけ。溜まり過ぎたそれらを外に出すために、ロボットにだって排泄という行為は必要となる」
男は淡々と答えた。「会話も、接客も、物作りも、それはヒトだろうとロボットだろうと関係なく行うことができる」その時、男は天井を仰いだ。
「所詮、ヒトとロボットを外見やその性能で区別をつけるなんて、どだい不可能なことなのだよ」
体の構成物質を見れば分かるがね。と、男は声を出して笑った。
「あなたは変わっていますね」気が付けば、スミレの涙も収まっていた。「よく言われるよ」と、男が笑いながらに答える。
「さて。そろそろ、君の悩みに対する答えも見えてきたのではないかな?」男は残りの珈琲を飲み干した。しかし、スミレは首を横に振った。
この男は一度たりとも、恋というモノに触れてはいない。彼女には男の伝えたいことが分からなかった。
「君は深くものを考えすぎている」男は静かに言葉を紡いだ。
「世の中には判別できないモノがある。いや、あって然るべきだ」
男は満面の笑みを浮かべて、そっとスミレの問いに答えを出した。
「答えがない。恋とは、そういうものだ」
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