第3話
宝石。昔、お父様が私の事を宝石のように美しいと云ってくれた。心から嬉しかった。心から嫌だった。私は、宝石のように光り輝く存在ではありたくないんだ。それは、秘めているだけ。望んではいない。だから、どうか私の中から消えて。こんなもの、私にはいらない。必要ない。だから、消えて……。
悲しげな顔を浮かべて私は、流れることのない涙を流した。
透明な水の中に二つの影が揺れ動く。ゆらゆらと静かに、湖面が波立つ。私は、私たちは、味わった。この水の味を。この快感を。そして、与え合ったんだ。お互いにお互いを。私達は水面に上がり、息を整えた。
「君の名前を教えてくれないか。」
酷く優しく呟く彼。彼は優しげに、それでいて悲しげな表情を私に向けた。
「そんな簡単に名乗りはしないわ。貴方から名乗るのが礼儀でなくて。」
私は、彼の問いに相応しい答え方をした。
彼は口元を緩めながらも、その表情から読み取れるのは悲しみだけ。
「私の名前はバルドル。さあ、君の望む事はした。私に教えてはくれないか。」
彼は悲しげな瞳で私を見つめた。
「フレイヤ。私の名前はフレイヤよ。」
私はにこりと笑みを彼に与えた。
それから、私達はお互いの話をし続けた。趣味、好きな物、好きな食べ物。ありとあらゆる物の事を話した。そして、手に取るようにお互いの事が分かった。まるで、自分のように。すべてが分かるんだ。まるで、甘い愛撫をしているよう。心の愛撫。そう、私達はきっと、心の愛撫をしていたんだ。ゆっくりと、そして傷つかぬように優しく。傍から見れば、私達は不自然な程に笑みを浮かべていたことだろう。でも、それは私達にとっては当たり前の事なんだ。そう、当たり前の事。そう呟く私は、微笑み続けていた。そう想う彼は、微笑んでいた。
「陽が沈んでいく。そろそろ宴の時間だ。行かなければ、ならないな。」
その言葉を躊躇するかのように、彼は静かに呟いた。彼は水面を見つめたまま、私を見ようともしなかった。
「ええ、そうね。私ね、いつも宴を楽しみにしていたの。だから、こんなに行きたくないと思ったのは初めて。」
私は熱い視線で彼を見つめた。彼はそれに応えるように顔をゆっくりと上げた。
「俺も、初めてだ。こんなにも、離したくないと思ったのは。」
彼が云うと同時に、私は温かいぬくもりに包まれた。私は凍るように冷たい腕で、彼を包んだ。冷たいけど温かい。冷たくて温かい。冷たいから温かい。そんな、不思議な感覚。私達はこのまま、夜まで抱き合っていた。お互いを、感じながら。宴の歌舞が、遠くで見えるのかすかな意識で感じながら――――――
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