第4話
まるで、昨夜の事がなかったように私は日常を過ごしていた。なぜならそれは、この世界ではまったく意味を持たないからだ。そう、この世界では。
「フレイヤ、おはよう。今日は昨日と打って変って不穏な天気だから、フレイヤと出掛けられなくて残念だ。昨日は楽しかったね。」
無邪気な笑顔で私に話しかけてくる兄。昨日一緒だったのはグルヴェイグだというのに、それに気付かない兄に心で笑った。まあ、気付くはずもないか。そう想いながら私は窓の外を覗いた。今日はこれから雨になるようだ。皆口々に文句を云っていた。私にとっては、幸福な一日だが。大雨だろうな、きっと。そう確信しながら、私は読み続けていた本のページを捲った。もうこれ以上話しかけるなというオーラを感じ取ったのか兄は、部屋を出て行った。静まり返る部屋。外から、雨音が聞こえた。雨が降り始めたようだ。私は本に読みふけ、長い時間を過ごした。
ふと気付くと、外は真っ暗だった。私は椅子から立ち上がり、窓へ近づく。外はかなりの大雨のようだ。私はひどく心が痛んだ。心に大きな穴が開いたようだった。今どうにかしなければ、まるで死んでしまいそう。普段焦る事のない私は慌てながらも、グルヴェイグに此処を任せ、城を出た。また、走るという行為をしてこなかった私が、全速力で走るという珍しい事が起きた。そんな冷静な気持ちを持ち合わせながらも、私は湖へと向かった。激しい動悸に息切れ。こんな体験をした事がなかった私は動揺しながら、気持ちを落ち着かせるために湖へ入った。すると、激しかった動悸と息切れが治まってきた。ゆっくりと深呼吸をして、気を静めた。落ち着きを取り始めた私は瞳を閉じて、湖の底へと身を沈んでいった。体に纏わり付いてくる水に思わず笑みがこぼれた。だが、突然腕を掴まれ、水面に出された。私は驚いたが、見つめる先に居たのは彼、バルドルだった。
「突然引き上げなくてもいいんじゃない。びっくりしたんだから。」
強気な言葉を彼に掛ける。普段驚く事のない私にとっては恐怖でしかなかっからだ。体がぶるりと震えていた。恐怖と寒さと雨によるものだろう。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。君が、君が居なくなると思ったらつい……。怖がらせてごめん。腕、痛くないか。」
水面に上がった瞬間の彼の焦っていた表情は消え、今は心配そうな表情で私の腕を撫でていた。それはそれは愛おしそうに見つめるので、さっきまであった恐怖は消え、代わりに安らぎの感情が私を支配した。
「もう大丈夫よ。私もごめんなさい。」
そう誤ると彼は私に笑顔を向けた。
「君が謝る必要なんてない。それより、慌てていた様子だったけど、何かあったのか。」
ひどいくらいに情けない顔の彼。それさえも愛おしく想えるのは、それほどまでに彼に魅力があるからだろう。
「どうしてか分からないけれど、外を見ていたら突然胸が苦しくなって。それで、此処まで来たの。」
先程の事を思い出し、また体が震えた。悲しみに包まれているみたい。
「可哀想に。もう大丈夫。ずっと傍に居るからね。安心していいんだよ。」
悲しくなる表情と安らぐ表情。その二つが入り混じり、私の心を満たした。そして優しく私を抱きしめてくれた。今私を包むのは彼の私への愛おしさ。ひどく、安心する。心が、満たされる。溢れ出てしまいそうなほと。だけどそれは困る。彼の私への想いが私から出て、私以外の所へ行ってしまうなんて。そんな事ありえない。
「だけど、どうして貴方は此処に。」
ふと浮かんだ疑問。私が来たら丁度居たなんて。頭の中は不思議で一杯だ。
「君が、呼んでいたから。」
彼は私だけに微笑みをくれた。その一言だけだったが、私の心はドクっと大きく動いた。嬉しいなんてもんじゃない。そんな一言じゃ治まり切らない。私に、先程とは違った激しい動悸が起きた。そして、どちらからともなく熱い口づけを交わした。何度も、何度も。
もう何も、考えられなくなるくらいに。
熱くて甘い唇が、私を惑わせる――――。
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