天使展・寄生

 その天使のデザインがあまりにも可笑しかったものだから、私は腹を抱えて勢い良く笑ってしまい、そのせいで気難し屋のカーターの機嫌を損ねてしまったらしい。彼はクジラのように幅広なデコに灰色の血管を浮かべながら、鼻筋を神経質そうにヒクつかせていた。

「いや、悪い悪い……馬鹿にするつもりはもちろんないさ。ただ、よくこんなものを思いつくなって感心してしまってね」

 カーターは何も言わずに、眼鏡の下から冷たい視線を私に向け続けた。こいつはつくづく笑いを解さない。

 それでも私は勢いに任せてひとしきり笑ってから、改めてガラス窓一枚隔てた先に飾られている、天使のアウトラインへと目を向けた。

 天使愛好家という人種は、いったいどこからこんな可愛らしい女の子ばかりを見つけてくるのか。俗物な私からすれば、むしろ成長した姿のほうが楽しみに思える美少女を、こいつらはなんのためらいもなくバカバカと生き人形にしていく。全く、もったいないったらありゃしない。

 ともかく「新作」であるこの子もまた、カーター好みの黒髪をした、大人しそうな10歳程度の女の子であった。幼さの割にやや尖った顎のラインと、虹彩の大きな瞳に、小さな鼻。変な言い方だが、どことなく爬虫類っぽいと表現したくなる、そんな美少女だ。個人的には、キレイで癖のないストレートヘアが、ややえび反り気味の彼女の姿勢に従ってフワリと地に垂らされているあたりなんかが、舐めたくなるほどキュートである。右腕は恥じらうように控えめに胸を覆っており、緩やかに天を向く左腕は骨が剥き出しになっていて、そこにはピンク色の造花を咲かせる蔦が巻きつけられている。

「うん、相変わらず可愛い嬢ちゃんじゃないか。それで……」私は天使のディスプレイに一歩近づいてから、少女の下を指し示すようにガラスを指でコツコツと叩いた。「天使ちゃんをやしてるこの不細工ジジイはなんなんだい?」

「……ち、父親だ。それも、に……肉親」いつものようにどもりながら、カーターは答える。

「このデブが?」

「そう……あ、あまりにも……似ていなかったから……こうしてやろうと」

「へー……豚から真珠が生まれることもあるんだな」私はまたにこやかに笑いながら、少女と父親を見比べる。やはり、全く似てない。母親がよほど美人なのだろうか?

 今回の天使のデザインは、この醜男……不細工極まる父親の左肩に、少女一人が丸ごと突き刺さっているような、いかにも頽廃的な外観であった。突き刺さっているというよりは、多分、絡みついていると表現したほうが近いのだろう。恐らくは少女の足の肉を全て削ぎ落とした上で、親父の背骨やら肋骨やらに骨を組み込んだのだと推測する。天使愛好家たちはそういう痛い施術が大好きだ。

 三段腹に無駄な体毛、しおれた肌……中年男の醜さの結晶のような父親の肉に、白く、産毛さえ生えていないほどに滑らかで、清らかな肌をした娘が、喉を抑えて苦しんでいる姿勢の宿主に目も向けず、虚ろな瞳で天を仰いでいるこの姿……グロテスクなまでに映えるコントラストの秀逸さは、前衛的ではあろうとも、わかりやすく芸術的だ。

「なるほど、ぎ木という訳だ。それともヤドリギかな。この親父は生きてるのか?」

「まさか」珍しく、カーターは即答する。「こんなやつ、い、生かしても意味ないだろ……防腐だけだ、そ、それだけだよ」

「今回はどんな下ごしらえを?」

「エマ……こ、この子は……父親に売られたときは、もっと痩せていたから……色々食べさせてやった……そうしたら、出ていった母親が、さ、最後に作ってくれたシチューを思い出して……泣いてたから……母親に会わせてやると言って、あ、アトリエに運んだ」

 私は口笛を吹く。「えげつないねぇ」

 カーターは、まぶたは少しも閉じないまま頬を引きつらせて、私が勝手に彼特有の笑顔だと解釈している表情へと顔を歪ませた。「うん……すごく、た、楽しみにしてくれた……泣きながら、感謝された……」

「はははは」

 カーターというこのブサイクな小男は、土地だの資産運用だのに関しては、元より名家に数えられていた親の財産を五倍に増やすくらいには天才だが、同時に筋金入りの対人恐怖症であり、基本的にはガキの頃からの馴染み連中以外とは口をきけない。おかけで商談も、優秀な執事か私のどちらかが彼の代理として仕事をしている始末である。そんなカーターが唯一吃りすらなく話せる人種というのが、こんな感じの幼い女の子たちなのだ。

 私は、天使についてはあまり魅力を感じない。正直に言えば、自分の大好きな少女たちを天使に変えてしまう、こいつの性癖のひん曲がりっぷりが面白すぎて、趣味に付き合っているだけである。

「泣いて感謝ね……確か前見せてもらったあれもそんな感じじゃなかったか? あれはちょっと気に入ってる」

「ジュリアか。あの子は本当に優しかった……」ぶつくさ呟きながら歩き出したカーターの背を追って、彼が<庭園>、または<植物園>と呼ぶ入り組んだコレクションエリアを進んでいく。コーナーごとに分けられたカーターの作品たちは、どれも自然や園芸を感じさせる類のものばかりだ。木の枝ように腕が裂かれた天使たちの森、全身に針が突き刺さったサボテン少女、蓮の花托かたくのような構造物の穴の中に頭だけ詰まっている幼女たち(入れ物部分も彼女らの体らしいが)などなど。だが、それらを尻目に私たちが向かっている先は、そんな彼の趣味とはやや逸脱した形式とも言える、<塚>と名付けられた天使の展示場である。

 お目当てまでたどり着いた私は、相変わらずのイカれたデザインに、眉根を釣り上げてヒヒヒと笑った。

「うーん、やっぱり壮観だねこりゃ。見てるだけでもくすぐったいよ」

「ジュリアは……い、痛いだけだと思うけど……」

 私たちが見ている天使……元・ジュリアちゃんはやや赤みがかった茶色の髪を持つ、純朴そうな雰囲気の少女である。多少気の強そうな面立おもだちは恐らく、カーターの趣味からはやや外れているのだろう。胸が膨らむくらいには年長気味なことも含めて、どちらかと言えば私の好みに近い。

 ジュリアちゃんは脚を体の横へと無造作に投げ出して、両腕で上半身を持ち上げながら、ガラスに隔てられた私たちを上目遣いで見つめているような、猫を思わせるポーズで展示されている。天使にしては珍しく、体表には多少の植樹と穿孔以外、大した加工は見受けられない。

 そんな、大人が見ても欲情したくなるほどに麗しき美少女の口や鼻や瞼の裏からモゾモゾとシロアリの群れが出入りし続け、その体の上を這い回っているこの有り様は何度見ても気色悪い。

 彼女の体は、シロアリの巣そのものなのだ。

 前回、カーターの説明したところによると……彼女の体の内側は魔法で品種改造されたシロアリの住む蟻塚として、文字通りの虫食い迷路状態であるらしい。しかも、再生魔法の力で穴が塞がったり癒着しそうになったりする度に、アリが肉を噛み千切って穴を作り直すというのだから、苦痛も推して知るべしである。ちなみに、というかやはり、女王は子宮に住んでいる。

 ここに住むアリたちの餌は、やはり巣であるジュリア自身の肉である。しかしいくら再生魔法があるとはいえ、消費された部分の再生には栄養が必要だ。再生魔法を使った通常の医療行為であれば飯を食っておけば問題ないことなのだが、こと天使の場合はそうもいかない。この辺の仕組みに関しては、正直私はキチンと理解していない。知っているのは、シロアリたちは死んだ仲間や糞などを彼女の胃の中に集めて、そこで特殊な菌を栽培しているということくらいか。巣である彼女に菌を通じて栄養を供給することで、ジュリアの内部でエネルギーがある程度は循環しているらしい。無論、それだけでは収支が合わないのは明らかなため、多少は外部からの給餌が必要になる。他にも、植物錬金術によって作られた分解酵素やら菌やらと滅茶苦茶説明を受けた気がするが、残念ながら記憶に残っている情報は一つもない。そもそも不死魔法などという外法げほうを前に、エネルギー収支なんてものを真面目に考えること自体ナンセンスなのかもしれないが。

 結局私にとって大事なのは、この可愛い少女が生きたまま蟻塚として食われ続けているという事実と、虫が全身、中も外もひっきりなしにうごめき続けているというこの頽廃的な絵面えづらのインパクトだけである。カーターは、ジュリアちゃんが大層な虫嫌いであることからこのデザインを思いついたそうな。

「ほら、カーター、あれを見せてくれよ」

 私がそう頼むのを見越していたらしく、カーターは眼鏡を掛け直しながら、ガラスのディスプレイ前にある小さなツマミをくるりと回した。

 ガラス内の天井から、羽がむしられた毛だらけの蛾が一匹落ちてきて、ポトリと微かな音を立てる。

 ジュリアちゃんの体表を這い回っていたシロアリがすぐにそれに反応して、哀れな蛾を数匹がかりで捕まえて、運んでいく。

 大きな蛾は天使の白い腕を通って引き上げられ、ジタバタともがきながら、彼女の口の中へ。

 蛾は死の運命に抗おうと、細い足と用をなさない粉まみれの羽で、濡れているようなつやを放つ天使の唇をゾワゾワとくすぐりながら、足掻いている。

 触角が歯を撫でて、白い羽の残骸が、羽ばたこうと真っ赤な舌を引っ掻き回す。

 無情なシロアリは、容赦なく暴れる蛾を喉へと押し込んでいき、やがて千切れた羽の一部だけわずかに残して、彼は飲み込まれていった。

 これが天使の餌なのだ。

 虫を住まわせ、虫を食らう、赤毛の天使。

 たまらない気持ちの悪さだった。

「ジュリアちゃんは、確か妹の治療費のために身売りしたんだっけ?」心地よい鳥肌に肩を震わせながら、カーターに向き直る。

「うん……」

「で、結局妹はどうしたの? もう死んだ?」

 カーターが何も言わず黙って後ろを振り返ったので、その視線を追う。

 反対側のディスプレイの中では、ジュリアによく似た幼い女の子が、比喩ではなく文字通りの意味で蜂の巣となって吊るされていた。より正確に言うならば、蜘蛛の巣と蜂の巣の複合体か。手足の骨を放射状に拡げた上に、引き伸ばされた白い肉の糸が蜘蛛の巣の如くに絡みついているその真ん中に、ハニカム構造に穴の空いた胴体と未加工の頭が巣の主クモのように鎮座している。巣穴は当たり前に幼虫でびっしりで、少女の口からは働き蜂があくせくと行き来しているようだ。

 二人の天使を見比べる。

 蜂の巣少女が吊るされている位置は、ちょうどジュリアの視線の直線上である。瞳を動かせない天使の仕組みの関係上、蟻塚のジュリアはずっと吊られた天使を見つめ続けているのだろうが、逆に蜂の巣少女の位置からは、ジュリアは見えない。ただ虚ろな瞳で、誰もいない宙を睨んでいるだけである。

「ふーん……」私は今一度、口笛を吹いた。「えっげつないなぁ」

 カーターの口元が、また彼特有の笑顔に歪んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る