天使展・双子

 隠された部屋の中の、秘められた台座の上。一面が真白い背景の中、天井からまっすぐに降り注ぐ照明に照らされて、一対の双子の人形が飾られていた。とても幼く愛らしい、双子の兄妹の人形である。少年の髪は短く、少女は長い。それ以外は、ほとんど同じ顔をした、美しき天使のような双子だった。

 双子は膝立ちで向かい合ったまま、頬を寄せ合い、つぶらな瞳を前に向け、瞬きもせずにじっとしている。この人形を眺める者は、彼らの幼気いたいけな四つの瞳と、まっすぐ向き合うことになるだろう。

 二人の足には、それぞれ小さな靴が履かされている。少年の靴は動きやすそうな茶色いもので、少女が履くのはリボンの付いた、女の子らしい赤い靴。

 一見すると二人の靴は、それぞれ逆であるようにも見える。少年がリボンの靴を履き、少女が茶色い靴を履いているように見える。

 だがしかし、二人の靴に間違いはない。頭の位置が二人して、互い違いの方向に突き出ているから、そういう風に見えるのだった。

 双子の人形の体は、ねじれた形で絡み合っていた。もつれる二匹の蛇のように、互いに締め付け合い、繋がっているのである。膝から先が折れ曲がり、より合わされ、一つの体にわれたその姿は、まさしくの如くだ。

 この人形は、二つの人形というよりも、一つの「双子人形」と称するのが正しいのだろう。

 より合わされた二人の体は、所々でいびつに混じり合っている。人をうという無理な動作に従って、剥き出しの肉と骨は、折り曲げられ複雑に絡み合い、お互いの皮膚を裂き、歪んだまま、喰らいあっているかのようにグロテスクな様相で渦を巻いている。しかし、それほどまでにボロボロに破れた双子の体は、人形に特有の血のない身体の宿命か、痛々しくも血生臭さだけは感じられず、どことなく、寒冷地に咲く健気な植物のようなおもむきを感じさせる出来栄えである。

 双子は互いの肩を抱き合い、もう一方の手で、兄妹の唇に指を当てている。全体的につぼみのようなシルエットで身を寄せ合う二人は、互いに温もりを求め合う美しい二つの花か、あるいはその精霊であるかのような雰囲気で、寂しくその場に鎮座していた。

 それを見つめるのは、一人の男。

 彼らの顔を誰よりも見知った、やつれた顔の男である。

 男は、自らが忍ばねばならない身の上であることを忘れ、茫然自失にその場に立ちすくんだまま、愛する我が子らにあまりにも良く似た、双子の人形と向き合っていた。

 這い上がる胃液を、叫びとともに彼は飲み込んだ。

 当然男は、二人が死んでいるというのは覚悟した上でここに立っていた。そればかりは、何度となく自分に言い聞かせてきたことだった。息子と娘が行方知れずになり、それに対する刑事局の捜索規模が唐突に縮小された時……二人が、相当に権力のある黒魔術愛好家によって連れ去られたのだと確信していた。ならば、二人が生きていることなど期待してはいけない。だが、それでも、二人の行く末は知りたいと、ただそれだけを求めて、彼は今日までの日々を過ごしてきた。あるいは、復讐のためと言い換えてもいいかもしれない。彼は己と、妻と、何よりも子供らの幸せを奪った悪魔を、決して許さぬ覚悟であった。

 黒魔術と呼ばれる体系の大半は、デタラメと悪意に満ちたオカルトの産物である。だが、その技法の中には確かに、なんらかの深刻かつ強大な効果を有する現象が認められるも事実である。おおやけには一切の研究が認められていない黒魔術であるが、実際にはその強さゆえ、幾人かの資産家の研究が暗黙に認められている。そういう人間のほとんどは、霊術師という仮面をかぶって生活している。黒魔術も霊術も、人の心の作用を利用する体系であり、基本原理が近いためか、霊術研究は必ず黒魔術へ辿たどり着くと言われている。霊術と黒魔術は同一の学問である、とまで言い切れるものらしい。

 だからこそ、彼はそういう人間の周囲を嗅ぎ回った。現状をよく思わない刑事たちの控えめな協力を頼りに、探偵として小さな手がかりをつなぎ合わせて、執念深く探り続けた。そしてついに見込みをつけたのが、この屋敷の主、ダール議員だったのである。

 ダール議員は、表では聖ミネルバ橋の保全運動や奨学制度の導入などで知られる誠実な議員として名を通しているが、経歴はカウンセラーの前身が示す通りに霊術師のであり、学生時代に下級生に対して行った何かをもみ消した形跡が見つかっていた。また、ニコラとメアリーが行方不明になった日の周辺に、彼の周りには不透明な金銭の動きがあったことも確認されている。地理的にも、人物的にも、ダール議員こそが最も怪しい人物であることは確実だった。

 そして、男は今、議員の屋敷に隠されていた秘密の地下室にいた。

 復讐のため……世にスキャンダルを放り出し、復讐を果たす材料を求めて、決死の覚悟で屋敷へと忍び込んだのだ。

 果たして、彼の推測に間違いはなかった。

 目の前の事実が、そう告げていた。

 彼はついに、憎き仇の元へと辿り着いたのである。

 だが……。

 そこで彼の思考は停止していた。もはや、その場に崩れ落ちないだけでも精一杯の有様で、ただ呆然と彼の子たちの末路を見つめていた。

 彼の前には、人形がある。

 かつて、彼がその腕で何度となく抱き上げた子どもたちの人形。

 それは未だそこに命があるとしか思えないほど何もかもが完璧に加工された、あまりにも悪趣味な人形だった。

 彼は、知らなかったのである。

 人形と呼ばれる芸術が、いかに人の心をかき乱すか。

 清廉な心に突きつけられた、あまりにも冒涜的で悲愴に満ちた彼の天使の人形を前に、彼が叫び声を上げずにいられた理由はただ単純に、人形たちが、静寂を促すようにその人差し指を互いの唇にあてがっていたからである。

 彼はもはや、無防備なままその場所に取り残されたと言ってよい。

 彼の心は使命を置き去りにして、諦めたはずの愛しき思い出の国へと飛び立ってしまっていた。忘れてしまったと思っていた二人の声すらはっきりとその脳裏に蘇っていた。

「ニコラ……メアリー……」決して声を発してはいけないはずの場所で、彼は自分でも気づかぬうちに、二人の名前を呼んでいた。

 頬を伝う涙すら拭えない。

 今ようやく彼は、彼の子たちが誘拐された理由を知った。彼の息子と娘は、地元では見た目の愛らしさで有名な双子であった。揃って素敵な笑顔で笑い、大きな瞳で空を見て、仲良く川べりを駆け回る、評判の二人だった。

 それゆえに、二人は奪われたのだ。

「こんなことのために……お前たちは……」

 絡み合う痛ましい双子の人形は、全くの無表情の中に、寂しさや痛みを訴えている。彼の目にはそう映った。

 二人はまるで、まだ生きているかのようで……。

「すまない……」

 むせび泣くのを止められぬまま、彼は凍える人形に手を伸ばす。

「助けられなくて、本当に……」

 その手が愛しき双子の頬に添えられようとした刹那、彼の首に、細い縄が巻きつけられた。

 一瞬間に、彼は人形の前から引き離され、止まった呼吸が全身を危険な水域にまで泡立てる。

 頭部にせき止められた血が脳を燃やし、視界がアッという間もなく、暗くなった。

 驚愕と困惑、苦痛の中にもだえる彼を押さえつけながら、荒い呼吸を吐く男が、冷徹にその首を締め上げていた。

 ダール議員。

(……外道めっ!!)

 彼は暴れた。血走った眼をいっぱいに開いて、唇を噛み、爪が割れるほどに指を喉元に食い込ませながら、発狂とも言える執念で身を震わせた。

 自らの子を前に、力の限りを振り絞り、その名を心のなかで何度も唱えた。

 ニコラ!

 メアリー!

 待ってろ……今……っ……。

 必ず……こんなところから……。

 あぁ……ニコラ……。

 メアリー……。

 お父さんは、ここまで来たぞ……。

 会いに……来たんだぞ……。

 ちゃんと、助けに……来たんたぞ……。

 なぁ……。

 ニコラ……メアリー……。

 彼の全生命を振り絞った執念は、首を締める男を引き釣り、その体を双子の前へとにじり寄らせた。

 意識が途絶える今際いまわきわまで、彼はニコラとメアリーから、目を離さなかった。ガラス玉のような双子の瞳に、段々と青ざめて、死に行く己を映し続けた。

 物言わぬ双子の天使は、ずっとそれを見つめていた。

 永遠に動かぬ指先を、互いの唇にのせたまま、無表情に、決して動かぬ丸い瞳で、死にゆく父親の顔を見つめ続けていた。

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