第5話

 八月の夜に僕は二人で花火を見ていたことを思い出す。赤い光が片田舎の高い丘から見えた。二人で過ごした夏休みの夜に僕たちは初めてキスをした。

 

 大学生だった僕は田舎の国立大学に進学した。住み慣れたアパートで僕は小説を読んでいた。

 初めて出会ったかわいらしい女の子を僕は見ていた。彼女の名前は沙也加。いつも教室の端の方で授業を受けていた。

 僕らはゼミで出会った。そして気のすむまで二人で遊んだ。

「ねぇ。どうして人間は生まれてきたんだろう?」

 僕はカフェで彼女に話しかける。文学部の僕たち。哲学にはまった僕は無邪気にも彼女にそんなことばかり話しかけた。

「さぁ。ただ存在しているだけじゃない?」 

 彼女はそんな風に僕の話を受け流してしまう。

「ふーん」と僕は言った。

 彼女は内心馬鹿らしそうに僕を見ながらコーヒーを飲んでいた。


 夜、八月の煌めく夜空を眺めていた。銀色の星が瞬いている。川の流れる音がとめどなく僕の耳を刺激する。

 隣に佇むのは彼女。

「もうどんな会話も聞き飽きたの」

 僕は眺めている彼女の視線を。

「人間にはいったい何が必要なのだろう。おどろくかもしれないけれど時代と場所によって人々が憧れ望むものは違うんだ」

「例えばすべての願いがかなったとしても」

「僕は僕という存在で、僕は生まれてからの場所の文化と時代によって願望が規定されている」

「じゃあ一体私たちはなんのために生きているの」

「さぁね」

 二人で僕は空を眺める。もう僕に必要なものはないのかもしれないと隣に女の子がいるだけで満足してしまう僕の心。

 八月の夜をながめていた。瞬間に閃光がきらめく。爆弾みたいにでかい音と光が炸裂する。

 もう一度子供の頃みたいな景色を眺めることができたらなんて僕は思う。あの頃は苦痛の中に何もかもが輝いて見えた。

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