第4話

 思春期の洗練を受けた当時のことを僕は振り返る。どこかへつながればいい。一人で闇雲に園内に佇む。話しかけてくれる友達はいない。時間が過ぎるのをただ待つばかり。どうしてあの頃僕は一人でいたのだろうか。輪に入れない。皆が踊っている中好き勝手に行動していた。

 幼稚園が終わると二人が誘いにくる。初めは三人で遊んでいるが、そのうち彼らは僕をいじめて僕は帰りたくなる。たまに泣く。いつもそんな感じだった。

 小学生になったころようやく友達ができる。初めてあったあいつにはひどく騙された。いじめられる。そんなこんなで時は過ぎていくがわりに小学校は充実していた。時にひどく攻撃してくるやつもいた。

 中学校で部活に入る。日々怒られる。僕は苦痛を感じる。あまり上手くない野球。割と普通な中学生活。勉強はできた。部活の苦痛。それなりに楽しかった学校。

 部活が終わると受験勉強。塾で遊ぶ。楽しいが学校でいじめられる。顔のコンプレックスが形成される。相変わらず人に話しかけられない。

 高校。初日から反抗して遅刻。クラスの三分の二は中学から。話しかけられず友達ができない。三年間。よく授業をさぼることもあった。

 大学。友達は数人。二年の夏休みから発病。奇妙な体験。友達を作り始める。研究室に所属する。転学科により生物学を履修。成績は向上。一年の留年。

 大学院。研究室に所属。割に向いていた。発表などは良好。今にいたる。


 という過去を僕は背負ってきた。蝋燭の置かれた部屋の中に僕は一人で佇む。部屋の中はマンションの一室だ。暗く隣の家の物音がする。じめじめとしている。布団のマットレスにはカビが生える。布団を干せば夏には心地よく眠ることができる。大学院の博士課程に所属している。

 研究は細胞の分析だ。顕微鏡で細胞を観察する。細胞だって行動する。いろいろな条件を変えれば時に新しい発見も生まれる。

 夏の香り。気持ちのよい季節。変わり映えのしない日々。

 夢の中に落ちていく。季節は冬だ。こうやってワンステップで夢の中へと落とされていく。

 気だるげな冬。寒さ。通りをゆく人。皆それぞれに憧れやら欲やらを抱いている。

 クリスマスだって楽しみにしているはずだ。僕は夢の中でクリスマスを一人で過ごす。

 クリスマスのベルが鳴り響く。通りに粉雪が舞う。積雪の予感。風の匂い。どこかで嗅いだことのある懐かしさ。

 クリスマスの夜に僕は窓辺に立ち蝋燭に火を灯した。静かに息をする。待ち構えていたのは一匹の猟犬だった。猟犬は静かに息をしながら僕のことを見ていた。恐怖で震える。

 僕はのっぴきならない事情で家を飛び出した。猟犬は僕の後を追ってきた。安全に生きるなんて許さない。僕は命がけで猟犬に立ち向かった。猟犬が腕に食いつく、血が流れる。僕は必至に振りほどく。

 夢から目覚める。青ざめていた。血が腕から滴っていた。僕はぐるりと目をそこへ向けた。無限に人生が反復していく。この夢はおおよそ僕個人が夢から逃げ出す物語だった。

 僕は片目をつぶる。パラレルワールドを夢を見るたびにさまよっていた。宇宙の回転みたいに。宇宙の回転なんか知らないかもしれない。おおよそ精神病になったやつが見る話だ。

 昔から精神病は迫害を受けてきた。やつらは地面に呪いをかけてこの世を去った。きつつきが鳴く木の下で僕は夢を見ていた。それは精神病のやつが見る夢だった。

 おおよそ俺が正直なのも嘘をつくのもごまかすせいだ。

 夢と現実が交錯してわけがわからなくなってもどうにか俺は生存しようともがく。命乞いをするというよりは強烈に自意識が働く。

 いろいろとおかしな妄想ばかりが続いた。現実と夢の世界線がうねるように続き始めた。狂った俺は人をだますのかもしれない。

 宗教的な道徳理念も古ぼけた棺にぶち込まれるだろう。

 夢が現実に迫ってくる。もう一度旅しなければならない。二十年越しに見たのは自分の尽き果てた姿だった。

 宇宙を頭の中でひっくり返す。僕は夢の中へと戻る。

 一人たたずんでいた。責任感を感じているはずだった。よみがえれと僕はつぶやく。

 一匹の猟犬が蘇ってきた。僕はやつに指を向けた。そして魔法をつぶやいてやつを追っ払った。

 自らの中に眠るのは闇だった。長すぎる旅の果てに見るのは正義だ。

 

 という夢と現実の境界線で僕は目覚めて大学院に通っていた。周りの実験器具が宙に浮いていた。

 茫然と僕は立ちすくんだ。

「どうしたの?」と先輩は僕に聞く。

「いや、眠気が」僕はすぐに嘘をつく。

 後ずさりする。

 臆病な夢に震える僕ははっと目覚めた。

 眠りの中に見ていたのは生真面目で純粋でかわいらしいと想像していた自分だった。

 本当はスリルに飢えていただけの心の中に根差した正義だった。



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