第2話「日が落ちるの、遅くなったね」

「日が落ちるの、遅くなったね」

片付けようとテーブルに載った皿を持ち上げようとした所で、

ぼんやりと気づくように常連さんの女の子が僕に向かって言った。

「そう?」

まだうっすらと明かりが見える窓を見ながら、僕は常連さんのいるカウンターの裏へまわる。

「そうだよ、5時前なのにちょっと明るい」

何か満足げな表情を浮かべながら、珈琲に口をつける彼女。

「確かに、最近は暗い時間にうちに来てくれる感じがしてたかな」

ジャズの有線放送と、皿を洗う水の音が流れながら、静かな時間が流れる。


「実は私、仕事辞めたの」

「えっ?そうなの」

すとん、と蛇口の水の音が止まる。

「まぁ、契約だったから更新しないでそのままって感じなんだけど」

「そっか・・・他にやりたいことでも?」

「ううん、ちょっと休憩って感じ」

いつもはすぐに2、3杯と注文が来る珈琲も今日はまだ一杯目の中間。

彼女は時折窓を覗いて、それから店内をゆっくり眺め、そして今日は静かな店内の中で

一人仕事をしている僕をゆっくり観察している。

「こんなお店だったんだね」

「ん・・・何か見つけた?」

「ううん、そうじゃなくて・・・ここは会社帰りに寄って、残りの仕事考えながら珈琲を飲んでたから。窓から見える景色とかお店全体の空間とかそういった物を見る余裕、全然なかったんだなぁって。」

そう言いながら、ふぅぅ・・・と深い一息つく彼女。

その顔は辞めた事への罪悪感なのか、解放された喜びなのか、複雑な微笑を浮かべていた。


僕はゆっくりとコポコポとお変わり用の珈琲をドリップし始める。

「うーん、やっぱりこの瞬間の香りが一番良いわよね」

気分を切り替えるように、彼女はビーカーへ落ちて行く珈琲の雫の音に耳を傾ける。

「今日はほんとお店静かね。」

「後もうちょっとでバイトが2人来る予定、予約もあるからこれから賑やかになるかな。」

腕時計を見ながら、ちらっと窓を眺めると、夜の気配が濃くなり始めて来た。


「あの子ももうちょっとで辞めるんだっけ?」

「うん、他にも2人程。みんな長かった分ちょっと寂しいかな」

珈琲を新しいカップに注ぎ、小さく切り分けたケーキを別の皿に添える。

「みんな辞めたり、なんだりそういう時期なのかもね」

「まぁ、新しい出会いもある、と考えましょう。」

こと、小さな木製の音を立てつつ彼女の目の前に新しい珈琲とケーキを置く。

「ケーキ、頼んでないけど?」

「何事もポジティブに。心機一転ってことで。」


彼女は小さなチョコレートケーキを眺めながら

「こういう小さな幸せを見つけるのも案外難しいって事がわかったかも」

静かに笑いながら小さくケーキを口に含む。

「どう?」

我ながら気障ったらしい事をしてしまったかな、と思いながらも尋ねてみると。

「とても美味しい。こんなの食べてたら、しばらくはここから居なくならないかも」

外は暗くなったが、彼女の表情は晴れやかだった。

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