喫茶店シリーズ

ひじりいさみ

第1話「あなたのこと、好きでした」

「あなたのこと、好きでした」

別れ際に言われた一言。


喫茶店のアルバイトを辞めるということで、何人かのバイト仲間でささやかな送別会を開いてもらったその日。

いつも同じ時間帯で働いていた彼からの一言。


いつもお酒が入ればぐっすり夢心地で、快適な朝を迎えられるはずが、あの一言のおかげで、まったく眠れず。

ちょっとでも怠さを吹き飛ばそうとシャワーを浴び、適当に着替えを済ませ、珈琲を入れた所でようやく自分の整理を始める。まさに今。

閉まっているカーテンの隙間からうっすら外の光が漏れるくらいの薄暗い空間の中。


昨日の出来事をゆっくりと思い出し、

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

私も22歳ということで、お付き合いの経験はそこそこあったはず・・・。

18歳の高校生からの一言にここまで悩まされるとは。

むしろ何故悩んでる、という所に私としてはとても驚いてる。

大学を卒業し、来月からは社会人として働く立派な大人なはず。


今までの彼氏関係はこういったストレートというより、

「何となく」の惰性の付き合い方をしていた。

ここまでストレートな感情のぶつけ方をされたのも久しぶりで

「高校生・・・、4年しか変わらないのに、私もあんな風だったかなぁ。」

あの純粋な気持ちは私の曇ってた部分を晴らしてくれるように清々しい言葉だった。



ぼーっと思いに耽る空間の中に、ピリリリリ!・・・と無個性な着信音。

表示は今私の頭の中を占有している存在。

<起きてますか?昨日は突然変な事いってすみませんでした。>

<起きてるよー。全然、でもびっくりした。>

いつもなら事務連絡とかシフトの代打とかそういったメールのやり取りが主だったはずなのに、

今日はチャットのようにメールを交わし合う。


メールの着信音は相変わらず無個性なはずなのに、止まらない音は彼から来る熱い思いの様にも感じた。

<あの、昨日の返事って、貰えますか?>

<うん、ちゃんと返事するから>

<いつでも待ってます!>


こっちはその事で今頭一杯だって言うのに。

私は「今日もよろしく。」と「待ってて。」

というメールを打った後、携帯を閉じる。


今日も彼と一緒のシフト。

このバイトも今月一杯で終わりだ。

彼と一緒にこうやって他愛の無い話をしながら仕事をする事も無くなる。


今と来月は家を出る瞬間は同じでも、来月からはバイト先ではなく、違う場所へ毎日向かう事になる。

大学に入学してからすぐに入ったバイトだ。

チェーン店ではないけど、居心地のよく、仲間も多いアットホームな居場所だった。

彼はその仲間の中でも私の中では一番後ろに入った仲間だった。


実家も喫茶店をやってると言っていた彼の珈琲はとても美味しくて、

休憩中にたまに淹れてくれる珈琲はとてもほっとする暖かさだった。


ゆっくりと閉まっていたカーテンを開ける。

静かな雨音が絶え間なく響いていた。

私はいつも見慣れている空間をしばらく眺めていた。

窓から伝わる空気はとても冷たく感じた。


「・・・そっか、後もう少ししかあの味には触れられないんだよね。」

あの場所、あの時間、あの空気、あの人。


「・・・・・・嫌だな・・・・・・」

雨音に消されるような一言をぽつり呟き、バイトに行く支度を始める。

恋い焦がれるように、いつもの準備に気合いが入る。

寝不足の気怠さなんてどこにいったのだろうか。

準備を整え、鏡の前に映る自分の姿はいつもの私だった。

残り少ない時間、そしてこれから新しく始まる時間の為に。


私はゆっくりと外へ出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る