#8 けっきょくみんなも同じなのだと。

 長いあいだ海外に行く、とユキがメッセージを送ってきた。

 半年ぐらいの予定だという。観光にしては長いから、どうせまた海外でのボランティアだろうと思ったら、案の定そうだった。

 『両親には何も言わないでほしい』

 そんなことを彼女は頼んできた。訊いてみると、海外への渡航を両親に反対されているのだと彼女は言った。

 なるほどな。と僕は思った。

 たぶんユキの両親は、彼女の活動を止めさせたいのだ。ユキはその種の活動にあまりに熱心すぎるので、職をみつけるのに不利にすらなるほどだったからだ。企業はそういうタイプの人間を、あまり働くのに向いていない人間だとみなすらしい。

 僕はその口止めを了承した。

 それから数週間たって、ユキの両親から連絡が来た。

 幼なじみなので、彼女の両親も僕の連絡先は知っている。とはいえ直接連絡が来るなんて初めてだった。そうとう心配しているのだろうか。

 僕はユキに頼まれたとおりに答えた。彼女はヨーロッパに観光旅行に行っているはずだ。それ以上のことは知らない。心配することはないと思う、と。

 実際には、そこからさらに別の国に向かったはずだが、もちろんそれは黙っていた。本当の行き先は僕にも教えてくれなかったから、どちらにせよ答えようがない。

 両親はなにか疑っていたようだったが、それ以上は何も訊いてこなかった。

 もしかしたら、ユキは自分の家にいたくないんじゃないだろうか? そんなことをふっと思った。ただ思っただけで、根拠はないけれど。


 ユキが旅立つ直前、ぼくらは二人だけで会っていた。

 口止めの約束をしたとき、見送りたいと申し出たのだ。空港で会った。

 会うのは本当に久しぶりだった。彼女は大きなかばんを背負って、普段よりも地味な感じの服を着ていた。旅のためだろう。髪も短くしていた。

 僕はお金があったから、それこそなんでもしてあげたい気分だった。とびきり高級なレストランやワインだって用意できたはずだし、ブランド品を棚ごと買ってもよかった。そのぐらい簡単なはずだった。

 でもけっきょく、僕が払いを持つことができたのは、飛行機がくるまでのあいだの食事、ほとんどファストフードみたいなやつをふたりぶん。それだけだった。

 帰り道にいくつか店に寄ったけど、何も欲しくなかった。けっきょく、住んでいるビルの下のコンビニエンスストアで、いつものコーンフレークと合成グレープソーダを買ってそれを夕食にした。



 彼女を見送ったころ、仕事のほうは急速に増えだしていた。

 忙しいことには文句はなかった。他にやることもないし。ただ、自分には思ったよりもずっと金の使いみちがないのだと気づいてしまって、報酬への欲求はだいぶ失せていた。

 仕事も大筋では変わりばえしなかった。変わったことと言えば、ふたつだ。

 ひとつは、僕の使うシステムにポリアンナの解除コマンドが追加されたことだ。

 その解除コマンドは、視線と指の動きの組み合わせによるジェスチャを、数回にわたって入力することで発動することになっていた。とはいえ、僕がこれを仕事中に起動することはないはずだった。

 もう一つの変わったことは、場所だ。

 そのころから、ぼくは砂漠の町に送り込まれることが多くなった。

 場所はわからない。空は本当に雲ひとつなくて、黄色い地面とはっきりしたコントラストを作っている。パズルのように組み合わさった四角い家々は、そのほとんどが空っぽだが、つい昨日まで使っていたかのような生活用品がある。

 僕は知らないその場所を、ばくぜんと「砂漠の町」と呼んでいた。

 以前はいろいろな場所に送り込まれたものだが、やがて、僕が送り込まれるのは砂漠の町ばかりになっていた。そこでの作業はこれまでよりいくらか困難で、バリケードが作られていたり、まとまった数の敵が潜伏していたりした。

 理由はわからない。そこでの仕事が単に多いのかもしれないし、あるいは僕をそこにやるなんらかの理由があるのかもしれない。たぶん前者だと僕は思った。

 とはいえ、そんなことは僕には関係ない。

 僕に下される指示もいつもと変わらない。

 「すべてのテディベアを、殺してくださいね」

 僕は機械の声に従って、粘土の壁越しにテディベアを撃ち殺したり、彼らを巻きぞえにしながら廃車でできたバリケードを蹴倒したり、彼らの通信機のようなシステムを破壊したりした。必要なことはすべて機械が教えてくれる。

 この仕事はあいかわらず、まったく創造的ではない。


 砂漠の町に通うようになって、ひと月が過ぎたころ、ぼくの預金のケタはひとつ上がった。契約の更新で取り分が増えていたし、仕事の回数も、殺す量も、格段に増えたからだ。

 そう、量だ。ぼくはもう殺す人数を数えることをとっくにやめていた。

 そして僕の生活は、金持ちになっても変わりばえしなかった。

 僕はあいかわらずコーンフレークを食べ続けていたし、シャワーを浴びながらテレビを見た。テレビに映るバーチャルアイドルはあいかわらず同じ顔をしていた。机の上のテディベアはあいかわらず向こうを向かせていた。

 ある日、テレビに砂漠の町が映っていた。

 それは国際ニュースの報道番組だった。

 画面の中に映っているのは、間違いなく砂漠の町だった。建物の作りや地面の色、まばらに生えている植物の姿、みんな見覚えがあった。砂漠の町だ。

 たぶん、ぼくが仕事をしているのはこのニュースに映ってる場所なんだろう。まちがいなくそうだと思ったが、実感はなかった。

 ニュースは紛争に関するものだった。いくつかの少数民族と、それを押さえつけようとするほかの民族との小競り合いだ。まともに統制が取れてないグループどうしが、勝手に戦闘を起こしていて、国はそれを押さえつけきれない。

 そんな状況を番組は報じていた。僕は浴びようとしたシャワーを止めるのも忘れて、それを食い入るように見た。コメンテーターが当り障りのないことを言って、報道は終わった。

 この争いに自分が参加しているのはほぼ確実だと思った。

 しかし僕には、なんの実感もなかった。

 ミシェルは、会社は大がかりな紛争には参加しない方針だと言っていた。だとすると、僕はちょっとした裏切りをされたことになる。たとえ口約束だったにしろ。

 しかし、それに対しても怒りは湧いてこなかった。どうせどこかで方針が変わったのだろう、やれやれ。ぐらいにしか思えなかった。

 怒りを抱けるほどのリアリティを、僕はその映像に感じられなかったのだ。

 テレビに映る砂漠の町には、僕が蹴倒したバリケードも、撃ち殺したテディベアも、壊した家も、僕を殺そうとして自爆したテディベアも映っていない。なんだか平和そのものみたいに見える。

 僕はちょっと笑う。なあんだ、と。

 けっきょく、みんなも同じなのだ、と。

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