#6 それは地球のどこかなんだろうけど。
彼らは僕に新しい住居を用意してくれた。
セキュリティが万全で、通信環境がよく、集中をさまたげるものがない環境に身をおくことを、彼らは僕に求めた。僕は諾々とそこに引っ越した。たとえ仕事をやめても、半年間はそこに住み続けることができるという保証もついていた。
何もかもが破格の待遇だった。
ミシェルのいかにも欧米人めいたリップサービスを引き算しても、僕は期待されていると感じたし、そんなこと人生で初めてだった。
そして僕はその期待に答えた。
「職場」で僕は活躍した。
信じられないほど。
じっさい、信じられなかった。
これまで経験してきたいくつかの仕事では、僕はいつも足手まといだった。うまくこなせたと思ったことは一度もなかった。
それがコンビニエンスストアの店員であれ、工場のちょっとした作業であれ、求人広告でよく見るような仕事はひと通り経験してきたが、遅かれ早かれ僕はそこでの居場所をなくしてきた。
だから不思議だった。どうして、そんな僕が、それよりはるかに高い報酬がもらえる仕事をうまくこなすことができるのだろう。
しかしじっさい、僕は息をするような簡単さで仕事をこなすことができた。
結局のところ、その仕事は僕がプレイしてきたゲームにとてもよく似ていた。いや違う、順序が逆か、僕のゲームがそもそも戦争をモデルにしてつくられたものだ。まあ、そんなことは、どうでも良かった。
僕が送り込まれる場所は毎回違っていて、月の裏側みたいな砂漠だったり、夜の森のなかだったり、そこらじゅうに警告の立て札がある廃墟だったりした。
それらはどこでも関係なかった。
砂煙を巻き起こしながら、あるいは木をなぎ倒しながら、僕の新しい体は前進し、息を吸ったり吐いたりするようにテディベアたちを撃ち殺した。
それは地球のどこかなんだろうけど、そんなものは背景に過ぎなかった。重要なのは、どこでも、いつだって、僕が破壊すべきものを破壊できたし、殺すべきものを殺すことができたということだけだ。
そして仕事はたいていの場合、ゲームよりずっと簡単だった。
ゲームの中の敵を殺すほうが、ずっと難しかった。
僕が姿を現すと、多くの敵はそれだけでまともに抵抗もできない。
彼らの姿はヌイグルミの画像に隠れているから、どんな表情をしているかはわからないけれど、呆然と立ちすくんだり、その場にへたり込んだり、武器を落としたり、そんなふうにして、ほとんど無防備になることも珍しくない。
とくに、彼らの陣のまっただ中に降下したときはすさまじい、グミキャンディみたいな色をした彼らは、人間がパニックになったときに見せるあらゆる行動を見せる。味方を撃ち殺すテディベアすら何度か見たことがある。
それを撃っていく。そんなときは戦闘はほとんど一方的になる。
これはゲームじゃないのだ。
ゲームの敵キャラクターは、パニックを起こして銃を落としたりしない。ぼうぜんとこっちを見て、ただ撃たれるのを待ったりはしない。
ゲームみたいに、クリアするのが難しい状況にもおちいらない。ザイフリートの機体は人間よりはるかに大きく、頑強だ。テディベアたちが抵抗してきても、彼らの武装はほとんどすべて対人兵器だから、ザイフリートの体にまともに傷なんてつけられない。
たとえ傷をつけられても、ザイフリートの中に僕はいない。僕はずっと離れたところでそれを操作している。
現実ってなんてアンフェアなんだろう。そんなため息をつく余裕すらある。
他人を殺しているという感覚?
信じられないほどすぐに消えた。
たしかにミシェルの言ったとおり、ポリアンナは有効なソフトウェアだった。人間の姿がグミベアみたいになるだけで、信じられないほど罪の意識は消える。本当に何も感じなくなる。サイコパスってこんな気分なんだろうか?
それとも、何も感じないのはソフトウェアの力なんかじゃなく、たんにもともと僕が冷酷なだけで、ポリアンナはちょっとした補助輪にすぎないんだろうか? そうかもしれない。でも個人的にはそうは思わない。
賭けてもいい。大抵の人間は、僕と同じような報酬を受け取り、僕と同じように機械を操作して、地球の裏側のヌイグルミを殺すように機械の声から命じられたら、僕が引き金を引くところでやっぱり引き金を引けるだろう。
だって、あなたの眼の前にいるのは、人間とは似ても似つかない、エイリアンめいた蛍光グリーンのヌイグルミなんだから。そう見えるようにあなたの視界は検閲されるのだから。
もしそれでも撃てないような。つまり、彼らに同情できるような想像力の持ち主なら、ゲームの中のゾンビにだって同情できるだろう。じっさい、それらのほうが、よっぽど人間に似ている。
僕に用意された「試用期間」は、予定よりも一ヶ月早く終わった。
僕のパフォーマンスは高かった。
重要なのは、会社が「ロックアウト」と呼ぶ現象を、僕がほとんど起こさなかったことだ。
僕らが使用するザイフリートと呼ばれる機械は、しばしば操縦者とうまく同期できずに動けなくなってしまう。それがロックアウトだ。それが起こると、ほとんどの場合、ザイフリートはその場で動かなくなる。目の前にどんな敵がいようが、いっさいの操作を受け付けなくなる。回線が切断されたオンラインゲームのキャラクターみたいに。
ロックアウトの原因はわからなかったが、ひとつ確実に言えるのは、その発生率に大きな個人差があることだった。
ロックアウトを頻繁に起こす操縦者は、その他の条件を変えてもやはり頻繁に起こす。一度ロックアウトが起こると、大抵は操作を再開することができない。らしい。
それは苦痛で、全身の筋肉がひきつったような感覚におちいる。操縦者は、ほとんど衝動的に神経コントローラーをはぎ取ってしまう。らしい。
会社は慣れっこで、すぐに機体を回収するオペレーションに入る。らしい。
らしい、というのは、僕がそれをほとんど経験しなかったからだ。
なぜか、僕はほとんどロックアウトを起こさなかった。
起こしたときでも、苦痛はなく、おおよそ三十秒以内にふたたび操作できるようになった。引っこ抜かれたプラグを挿し直すみたいに。それはひどく珍しいことのようで、こんな人間は初めてだ、と、あるオペレータが僕にもらした。
試用期間が終わると、すぐに僕の報酬ははね上がり、使い切れないほどのお金が僕の口座に入るようになった。買えないものの数はぐっと減った。
仕事場からユキにメッセージを送って、自分の近況を報告した。
なるべく仕事の内容には触れないようにして、仕事がうまくいっていることだけ伝えるようにメッセージを書いた。
『すごい! おめでとう! こんなにうまくいくなんて信じられないよ。ウソとかじゃないよね?』
ウソじゃない、と僕は返信した。
『わかってるって。君はそういう嘘はつかないことは知ってる』
そうユキは受けあった。
だが、実際には僕は嘘をついていた。彼女に伝えた僕の報酬は、実際の三分の一くらいだったのだ。ありのままの報酬を書くと、いくらなんでも怪しまれる。建設作業機械の遠隔操作ではありえないような額になってしまう。
ようするに、僕は嫌われたくなくてちょっとした嘘をついた。
ふいに僕は、けっきょく何ひとつ手に入れられなかったような気分になった。
端末を机の上に放り投げた。
それは勢いあまって机の上から転げ落ちたが、気にはしなかった。モニタが割れたかもしれないが、どうでもいい。修理する必要すらない。端末なんか、壊れたって代わりがある。僕の身体と同じだ。
ふいに部屋から出たくなった。
たんにそこにいるのが嫌になったというだけなのだけど、それでも、外出したいと思ったのは本当に久しぶりだった。
まだ陽が高いのを確認して、それから着替えた。シャツを着ていると床に落ちた端末が鳴った。ユキからメッセージが来たのかもしれないが、確認する気にならず、そのまま出た。いつもなら飛びつくように確認するのだが。
外出は一ヶ月ぶりだった。知らないあいだにずいぶん暑くなっていた。
あることを思いついて、商業ビルに入った。裕福層向けの店がたくさん入っているところだ。入り口の警備員は僕をやけにじろじろと見た。理由はわからない。僕の服装が季節外れだったからかもしれない。
雑貨店に入り、目についたカメラをひとつ買った。
洒落た服を着た店員は、僕の風貌をいぶかしんだようだったが、すぐにその表情を接客業者に特有の笑顔で消し、ていねいに応対してくれた。
僕が目をつけたのは、品よくデザインされた旅行者向けの小型カメラだった。
トイカメラみたいな見た目だが、一般的なユーザーが求める機能はひと通りそなえている。カメラオタクでなければ機能には満足できるはずだ。有名なデザイナーが監修していて、ファッションアイテムにもいい。そんなことを店員は説明してくれた。
いくつかのバリエーションの中から、ぼくはライムグリーンのものを選んだ。
「少数生産ですから、同じものを持っている人も少ないですよ」
店員はラッピングしながら言った。
僕はそのトイカメラをユキに贈ることにした。単に思いつきだった。別に、プレゼントをすることで何かを期待していたわけではない。
どちらかといえば、自分のためかもしれなかった。何も手に入れていないという感覚をぬぐい去りたかったのかもしれない。その点では、買い物はおおいに効果があった。プレゼントの入った紙袋を受け取ると、空虚感はうそのように消えた。どうりでみんなショッピングに熱心なはずだ。
カメラを贈ると、ユキは想定外に喜んだ。
こんなに喜ぶと思っていなかった。
それから一週間後、僕のところにプレゼントが送られてきた。
箱を開けると、テディベアが出てきた。
本物のテディベアだ。丸っこいデザインの、可愛らしいクマのぬいぐるみ。
せっかくの彼女からのプレゼントだ、飾らない理由はない。
僕は仕事場のデスクに、そのテディベアを置いた。
ボタンでできた目が、じっとこちらを見ているのが少し怖くなって、僕はそれを向こう向きに置き直した。
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