第九話 『死へのカウントダウン』
「もう大丈夫そうね」
街の外れにある診療所の病室で白衣を着た女が言った。
白衣の中は黒いTシャツ一枚に短めのスカートを穿いている。ブルーアイズで金髪。どっからどうみても外国人だ。白衣を着ていても、隠しきれない妖艶さが滲み出ている。
「どうかした?」
「いえ」
天堂は目を逸らしながら答えた。
脇腹の激痛で森の中で目を覚ました天堂は、大量の血を流して倒れている八百の姿を発見した。その場で応急処置を済ませようとしたが、既に八百は一刻を争う状態だった。
八百を担いで森を出た天堂は幸い、すぐ近くに診療所があったので、そこに駆け込み、今に至る。
「それで八百くんは?」
天堂の質問に女は首を左右に振りながら答える。
「正直分からないわ。ここに来たときに既に心肺停止状態からずいぶんと時間が経ってたわ。私の魔法で何とか命は繋いでいるけれど、目を覚ます保障はないわね」
「そう、ですか」
天堂は後悔した。自分がクエストにさえ誘わなければ、こんなことにはならなかった。
隣で眠っている八百を見ると、首から下は包帯で巻き付けられて横たわっている。
幾度も包帯を替えているのだが、八百の血で絵の具で塗ったように真っ赤に染まっていた。
既にこの診療所にやって来て三日経っており、天堂は一度もここから出ておらず、身体的にも精神的にも疲れはピークに達していた。
それを嘲笑うかのように八百の心肺は停止した。
八百は真っ暗で何もない場所で、ひたすら上に向かって続いている白い階段を上がっていた。
──な……で
遠くから何かが聞こえた気がした。一瞬八百は足を止めるが気にせずまた階段を登り始めた。
また声がした。下から声が届いてくる。今度は八百の耳にハッキリと聞こえた。
──死なないで!
八百は足を止めた。そして下を眺めながら呟いた。
「誰の声だ?」
八百はどこか懐かしいような、心が落ち着くような気分になった。
突然、八百は後ろから背中を押された。振り返ると髪の長い女がこちらを見て微笑んでいた。
──生きて
八百はそう言われたような気がした。
そして、そのまま階段を真っ逆さまに転げ落ちた。
八百は天井を眺めていた。身体全体は包帯でぐるぐる巻きにされていて、まるでミイラのようだ。身体が物凄く熱く、とてつもない痛みが全身を駆け巡っていた。
そこへ白衣を着た綺麗な女が入ってきた。
「あなた何者?」
は? 八百は首を捻りたかったが、そんな力もなく、女を見つめる。
「ごめんなさい。私はエルザ・シュタイナー。あなたを治療した者よ。まさか、こんなに早く目を覚ますとは思わなかったから」
そこでようやく、八百はクエストのこと、魔人のこと、天堂のことを思い出した。
それを聞こうとしたが声が出なかった。まだ身体が機能していないらしく、ただ荒い息が漏れるだけだった。
それを汲み取ってくれたのか、エルザは私の知っていることを話すと言ってくれた。
「彼女は無事よ。アナタほど重傷じゃないわ。今疲れて隣の部屋で眠っているわ。」
やれやれ、命を懸けたかいはあったってことかと、八百は安堵した。今まで天堂がつきっきりで看病してくれたこと、三日間生死をさまよったことを聞いた。
近くから機械音がする。天堂はその音で目を覚ました。いつの間にか寝てしまったらしい。側の椅子でエルザがパソコンをとんでもないスピードでタイピングしている。
エルザはちらっと天堂を一瞥し、とんでもないことを口走った。
「彼、目を覚ましたわよ」
はぁぁぁ!? と叫びたかったが、それよりも早く身体が走り出していた。
天堂は八百のいる病室の前に立っていた。彼女は病室に入りあぐねていた。入った時にまた心臓が止まっていたらと思うと怖くて仕方がなかった。
「目を覚ましたのね? 心配かけるんじゃないわよ! よしこれで行こう」
天堂は八百にかけるセリフの練習を済ませ、病室をノックした。
返事がない。心臓の音が大きく脈打った。天堂は静かに病室に入った。
すると、八百がこちらを見て笑っていた。
──あぁ、生きてる。目を開けてくれてる
そう思うと、天堂は感情を抑えきれなくなり暴発した。
「ばか!!」
天堂は予行演習したセリフなど忘れて、八百を見るなり号泣しながら抱きついた。
八百は抱きつかれ全身に痛みが走ったが、それがとても心地良く感じた。
堕落大学生の魔法紀伝 @nagahara0211
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