セカンドキス
どうして、こんなに緊張するのだろう。
繋いだ手が汗ばんでいる気がする。別に男性と手を繋ぐのが慣れていないわけじゃない。女として一通りの恋は済ませている。何より十代の頃が懐かしいくらいには歳を重ねている。
それなのに、私の身体は勝手に熱を上げる。
残業終わりの会社の屋上。見下ろすのは小汚い夜の繁華街。片手には安い缶珈琲。ロマンチックの欠けらも無いこの状況で、ただ手を繋いでいる。
熱の先にはずっと世話をしてきた後輩の男。固く口を噤んで同じように見下ろしている。彼が何を考えているのか、今ほど知りたいと思ったことは無い。
『好きに、なってしまいました』
数日前に送られた、いつもは小さいくせに妙に大きく聞こえた初々しい声が頭に張り付いて離れない。
突然だった。意識もしたことがなかった。
当然、断った。
だってそうだろう。可愛がってはいようと歳の差は隠せない。何より私は、もう恋を求めるほど青い感性を持っていないのだ。
持っていない……はずだった。
彼の手が少しズレて、何かを探すように、何かを訴えかけるように強く握っては緩む。
勝手な男だ。私は断ったのに。
勝手に屋上まで着いてきて、勝手に手を握って、勝手に目を合わせてくる。ろくな言葉も並べず、黙って促してくる。
彼の目が細くなり、顔が近付く。
条件反射のように、私は目を閉じる。
冷えた風が強く吹いた気がした。それが彼の背を押したのかは分からない。
いつの間にかキスをしていたんだ。
身体の熱が行き交う。震えているのが伝わってしまう。自分を騙して、隠していた気持ちが丸裸にされてしまう。
あぁ、だめ。好きなんだ。
長いキスの最中、初恋の頃を思い出していた。
同じだ。心臓に棘が刺さるような、痛みにも似た焦燥感を孕んだ発熱。手足の先から力が抜け、怖いのに満たされた気持ちになる。
今度はこちらから手に力を込める。
この気持ち、伝わるだろうか。この不安、この喜び。
いっその事言ってやろうか。口を離して、貴方のせいで恋に落ちたよって。
何人と恋をしても何人とキスをしても久しく感じることもなかった馬鹿みたいな純情。貴方はどう受け止めるつもりなのだろう。
二度目の恋。
二度目の、本当のキス。
やっと口を離して、慣れてないのか彼は何度か深呼吸をして息を整える。
「寒いですね」
「…………」
ならもう一度……。
汚い街を見下ろして重ねる唇はとてもレモンを例えることは出来なかったけど、ただほんの少し、珈琲の味がした。
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