強欲
「くそ! くそ!」
彼がこうして目の前で苦しむ姿を見るのは、もう慣れたと言えるほど数しれない。
「大丈夫、大丈夫だから」
「お前に何がわかるんだよ!」
差し伸べた手を弾かれ、ジンジン響く痛みに意識を向ける。それだけ本気で向き合っていたということだ。
強欲。
彼を一言で言い表すなら、その言葉以外にはないだろう。色んなことに手を出して、その度に心を消耗して、いずれ折れる。
彼には器がない。
玩具を求めて本気で足掻く子供のような純粋な欲望。好奇心。しかし、扱いきれる器が全く伴っていないせいで全てを失ってしまう。
小さくて透明なグラスの中に、滝を収められるわけがない。誰だってわかる。この人以外は。
大人気なく涙を流す彼が立ち直り、また夢を追いかける決意を固める。叶わないと気付いているけど、止められない欲望に操られているんだ。
「ごめんな。次こそ一番になってやる」
「うん! きっと出来るよ! だってこんなに頑張っているんだもの!」
それでも私は彼を応援する。
私は何も持っていない。何かを強く求めるという事自体が輝いて見えて、その姿を見ていたくて彼と交際を始めた。
趣味も無く、夢も無く、やりがい、達成感から程遠い。ただの社会の歯車である私の唯一の光。彼が何を始めようと二つ返事で肯定し、その行く末を一番近くで見守る。何だっていい、何度だっていい。立ち上がって頑張って喜んで挫けて、また立ち上がる。彼は私の生き甲斐だ。
「次は何をするの?」
「俺がサッカーなんて、そもそも運動に向いていない気がするんだよ。小説家なんて向いてると思わないか? ほら、漢検も持ってるし」
「うんうん、やりたい事が決まってるなら後は動くだけだね!」
煽てられて奮起する彼の笑顔を眺めていると、少しクラクラするほど気持ちよくなってしまった。
また、無駄に足掻く顔が見られるんだ。
彼が好き。愛している。私が止めない限り延々と何かを求めて失敗する。私が持っていない好奇心や探究心。そして、挫折をいくらでもくれる。私に支えられて、私の代わりに頑張って傷ついてくれる優しい人だ。
早熟な彼がすぐに調子に乗って、どんどん顔色を変えていく光景がまた手に入ると考えただけでゾクゾクする。無駄な努力、無駄な時間。無駄を手にする贅沢までくれるなんて、なんていい人なんだろう。
彼に器が無くて本当に良かった。
これからも私の欲望を満たし続けてくれることを期待して、彼に最大の愛を込めてキスをした。
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