争いのない世界

ある日のこと、夢の中で神様に会った。


『一つだけ願いが叶う力をやろう』


強く願えば何でも叶えられる。彼女が欲しいと願えば手に入る。大金が欲しいと願えば手に入る。そう、何でもだ。

そんな中、僕は『争いのない世界』を望んだ。イジメにウンザリしていた日々。迷う余地はなかった。


結果として争いはなくなった。

いや、争いの種がなくなった。


願ってから二日目。誰しもが優しくなった。僕を殴る人はもういなくて、笑顔で溢れる理想の世界が誕生した。

違和感を覚えたのは三日目。父が仕事に行かなくなったことから始まる。


「仕事なんてストレスしかないじゃないか」


見たこともない笑顔で新聞を広げる父。当たり前のようなにそれを受け入れる母。

なぜそうなるのだろう。


一週間もすると、誰一人仕事をする者がいなくなった。学校には誰もおらず、コンビニも交番も無人。スーパーに入る人はお金を払わず好き放題食料を持って帰っていく。咎める人は誰もいない。

万引きした食材で夕飯を作る母の背中を見つめながら、僕は争いの種に気付いてしまった。


『悪事という概念』

『競争心』

『向上心』


悪いことを誰も悪いと思わない。

好きな事を好きなようにするだけの世界。

誰も我慢しない。誰も動かされない。笑顔で溢れる世界は秩序を失って初めて生まれるものだったのだ。

だからこそ、自分以外のご飯を作る母の愛に気が付いた。彼女の中では『家族のご飯を作る』事が幸せに繋がっていたのだ。


「母さん、いつもありがとう」

「あら、どうしたの急に?」


どこか照れくさそうな母を、僕は今までよりずっと好きになれた。


しかし、そんな生活がずっと続くわけがない。食料生産の止まった世界。日が経つに連れ、今日もどこからか餓死者の情報が入るようになる。

そして、事は終末を迎える。


「食べる物もないから、そろそろ死のうかしら」


お茶を入れるように、母が自殺をした。

首を切った母を前に父と僕はやれやれと肩をすくめる。父は仕方ないなといった様子で、母の後を追った。


ここで、もう一つ気付く。『恐怖心』と『痛み』の消失。確かにそれも争いの種となるなと、一人残された僕はぼんやりと考えた。

周りの人で生き残っているのは極小数。やることも無くて暇になっていた僕も包丁を首にあてがい、僕の望んだ世界の最後に消えるものを悟った。


『人間』


『争い』を知覚出来るのは人間だけだ。こうなるのが、最も合理的な回答だろう。





「あぁ、なんて平和な世界なんだ」

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