くらくらクーラー

「付ける!!」

「付けない!!」


エアコンのリモコンを取り合う夫婦は、汗だくのまま力強く睨み合っていた。


体調重視の夫。

金銭重視の妻。


口が達者な二人の主張はお互いに言い返せないほど拮抗していたが、そもそも理由が被っていないせいか納得の色も見せずにいた。どちらも相手のことを気遣った物言いに、引くに引けないのだ。


だからこそ、こうして実力行使に走っているわけなのだが、何せ、力も拮抗しているから始末に負えない。男らしい妻と女らしい夫。夫婦は似ると言うがここまで一緒である必要はないだろう。


「もう頭にきた! どうせあなたはそういう人ね!」

「キミにはほとほと呆れ返る! 我慢の限界だ!」


夏の熱気に喧嘩もヒートアップ。蝉の声もヒートアップ。要らぬ拍車をかけられ、行き着くところまで行きそうだ。

お互いの頭にはこれまでの不平不満が波のようによぎっている事だろう。やれ夫の食べ方が汚くて不愉快だと、やれ腹が出てきた妻が不愉快だと、縁の繋がりはこうした日常の積み重ねによって呆気なく裂けてしまうものである。


「ジャンケンよ!」

「覚悟しろよ!」


何故そうなるのだ。別れ話の流れであろう。

初めからそうすれば良いものの、本当に回りくどい夫婦であった。


「って言うかさ」

「そうだな」


二人ともどうしたのだろう。


「さっきからうるさいのよ真司!」

「なに横から解説みたいなことしてるんだ! 見てるなら止めろよ!」


二人はこちらを睨みつけ、完全に矛先を私へと向けた。これだから血の気が多い人種は困る。


「幼馴染夫婦の喧嘩に入るとか、他人じゃないからお前ら手加減しないだろう? 制裁」

「もう制裁されるような横槍入れてるだろ!」

「ご最も」


間違いなく横槍を入れた。暇だったんだ。


「まぁ一つ言わせてもらうと」


私は立ち上がり、二人が取り合っているリモコンを取り上げてボタンを押す。


「客がいるならクーラー付けろよ」








キュインキュインキュイキュイキュイッ!







エアコンをつけた瞬間、何かが擦れるような甲高い騒音が鳴り響いた。

反射神経が『不愉快だ』と声を上げるように、私の手は勝手にスイッチを切った。


沈黙が流れる。あれだけ長引いた喧嘩の行く末が「実は壊れてて使えませんよ」なんて笑えもしない。なぜオフシーズンに動作確認をしなかったのだ。


「真司、スイカ……食べる?」

「扇風機なら、いつも使ってるから」


幼馴染の目に見えたゴマすりを見たくなかったな。ショックと部屋の熱で頭がクラクラした。


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