住めば都

俺は今年の夏に二十六歳を迎え、ようやく重い腰を上げて一人暮らしをする事にした。

今までしなかったのは単に、実家の甘さに疑いも感じなかったからだ。しかし、つい先日別れた彼女に言われてしまった。


「自立心のない男は人として見れない」


付き合って一週間の出来事。

いや、今まで別れた彼女達も口には出さずとも内心言いたくて仕方なかったのかもしれない。何せ、それ以外は完璧な俺である。実家から出ないことが欠点と気付く前は、自身の非が全く思いつかなかったくらいだ。


手始めに、最安値である家賃四万の部屋を借りることにした。これは父からの助言で、曰く「少しずつランクアップしていくのが一人暮らしの秘訣」だという。

給料が既に三十を越すのに何故安い物件を、と考えはしたがそこは人生の先輩の意見に従う。何かとあるのだろう。




一人、狭い部屋で小さなテーブルにノートパソコンを置き、俺はインテリアについて勉強をしていた。

やるとなれば全力。その信条に従い、このボロ部屋を美しくしてやると心に決めたのだ。住めば都というが、都を作るのは人だ。変える者がいなければずっとボロのままである。


意気込んで家具を眺める。俺はアジアンテイストが好きだ。壁紙を張替え、新しい丸型のマットなんてどうだろう。

家具はソファにこだわりたい。壁掛けの木製インテリアも欲しい。観葉植物なんて垂れ下がっていたら癒されるだろう。

キッチンも居心地よくせねば。料理が好きだから食器も統一性のある色で揃え、並んでいるだけで感動するようなバランスが大事だ。そうなると机も買い換えて、赤を基調とした

テーブルクロスに鮮やかな布を敷いて料理を並べる。ガラスのコップに入れる麦茶すら高級感が漂うだろう。


なんて楽しいのだろう。夢を現実に出来るような高揚感に心臓が昂っている。




ふと、夢が覚めるように顔を上げた。

いや、上げてしまった。

そこに広がる……広がるとも言えない狭い室内。何故か黄ばんだ壁。フローリングに見せかけた安っぽいマット。暗い電灯。狭く錆びたキッチン。極めつけの通気性が悪く埃っぽい空気。


「めんどくさい……」


昂りは消えた。

生まれて初めて、面倒だと思ってしまった。

都の大工はすごいんだなと実感しながら布団に寝転ぶ。


「親父……やっぱり部屋が安すぎるぞ」


自分の意見を尊重した方が良かったかもしれない。






それから数ヶ月、家具を揃えるどころか家賃や光熱費など生活維持費に悩まされたのであった。

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