『この辺でお茶を一杯』如月さんお題


およそ八年。それは志帆と学が歩んできた二人だけの時間。

傍から見ている者が逆に顔を熱くする程にずっと身を寄せあっている仲睦まじい二人だ。静かな学を連れ回す志帆。それが二人の当たり前の在り方だった。



その志帆はいま、駅前で一人考えていた。

ポツポツと落ちる滴をビニール傘で受け流し、水滴越しに空を見上げる。


(いつもより、少し寒いな)


約束の時間ピッタリ。顔を下ろすと、そこにはよく知った人。几帳面で、表情が読めなくて、でもちょっとドジで、大好きな彼が立っていた。


「おはよう」

「おはよ.....マナブくん」


外で待ち合わせるのが久しぶりなせいか、どちらもぎこちなく視線を逸らす。いや、理由はそれだけではない。

志帆は先に参ってしまい、いつもより三倍は声を大きくする気持ちで、さらに三倍の笑顔を作った。


「よし! じゃあ行こっか!」

「ん.....」


大手を振って水たまりを蹴る。彼女はそうすることでしか自分を保てなかった。

数歩後ろを歩く学。今は手を繋ぐ事すら困難な関係を、その距離が残酷にも現していた。




志帆の携帯へ連絡が入ったのは昨晩の事だった。学から『大事な話があるから』と呼び出された時、志帆はいよいよかと奥歯を強く噛み締めた。

いつからだろう。会話が噛み合わない。時間が合わせられない。自然に笑えない。端的に、上手くいっていない。

二人でいてもお互い携帯を弄っているだけ。セックスなんて何ヶ月もしていない。それどころか、最後にキスをした日すら二人は覚えていなかった。

そんな状態であっても、志帆は学の事を愛していた。いつかまた自然に話せる日が来る。今だけ倦怠期なのだと信じて。


だけど、学は違った。ある日、志帆の耳に入ったのはそれを裏付けするに足る情報だった。


「志帆.....学くん、浮気してるよ」


大学の友達からのLINE。それを見た志帆は真っ白な顔で、空振りするような冷たい鼓動を止められなかった。

その知らせの翌日だ。学から連絡が来たのは。




しばらく歩いた志帆は、目の前に懐かしいカフェを見つけた。

学と何度も来た思い出のカフェ。


(もうやだ.....)


涙がいつ零れてもおかしくない。だけど、それは彼女にとって許されない事だった。

終わる時も、最高の彼女でいたい。

自分の気持ちを押し殺し、気丈に振る舞う彼女は、出会った頃のような最高の笑顔を作る。


「どうだい? この辺でお茶を一杯」

「.....うん」


これが最後のデートになるのだろうか。

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