落とし穴 6

「兄さんに石を投げるなっ!」


兄の元に辿り着くと、抱きつき庇った。

僕にコツンと石が当たる。



何で石を投げるんだよ。

ただ、兄さんは初めて見る外の世界を楽しんでいただけじゃないか。

誰にも危害を加えてはいない。

ここは僕の家、庭なのに。


そう思うと、悲しくなる。



「ハヤトだ!」

「学校休んだ癖に、お前何してるんだよー」

「ズル休みじゃん!」



門の外を見ると、そこには同じクラスの生徒数人の姿が見えた。

制服姿にカバンを持っている。


そっか、丁度下校の時間だったのか。

ウッカリしていた。

せめて登下校の時間だけでも、避けるべきだった。

そんな事後悔しても、もう遅い。



「兄さん大丈夫?ごめん・・・、僕が目を離したから・・・・」


腕の中で震える兄さんの顔を見ると、泣いていた。

わからない言葉を発しながら、泣いている。


兄はきっと、同級生が言った言葉の意味は理解出来なかったと思う。

それでも兄は泣いていた。

何かを言われた事、目線、石を投げつけられた事、全てをひっくるめて、それが悲しくて嫌だったんだろう。


兄の悲しい気持ちが、僕にも流れ込んでくる。



「もう家の中に入ろう。ごめん、僕のせいで・・・・」


泣きじゃくる兄の手を引っ張り、家の中へ連れて行った。

それじゃなくても、歩行には時間がかかるのに、今兄は泣いていて歩くどころじゃない。

病み上がりの身体で、必死に兄を抱きかかえる。

外へ出る時よりも、時間がかかる。



「気持ち悪ぃー!泣いてんのー」

「ごめん、僕のせいで だって、だっせぇ」

「ハヤトの事、カッコイイと思ってたのに、残念」

「あいつには欠点なんてないと思ってたけど、最悪じゃん~」

「好きだったのに・・・・・」



聞こえてくる同級生の声。

早く家の中に入りたい、逃げたい。



楽しくジュースを飲みながら、テラスから庭を眺めるつもりが、とんだ悲劇を生んでしまった。

兄は一向に泣き止まない。



「ごめんね。もうお手伝いさんが帰ってくるから」


宥めることも出来ないまま、また兄をあの部屋に戻す。

何の為に、僕は兄を外の世界に連れて行ったのだろう?

ただ兄に、綺麗な空を見せたかっただけなのに。


こんなはずじゃなかった。


静かに扉にロックをかける。


僕はすぐに部屋に駆け戻ると、ベッドにもぐりこんだ。

手足がガクガク震えている。


勝手に兄を外へ連れ出した事がバレてしまわないか?という不安と、

同級生が兄に対して取った態度。

頭の中でその二つがぶつかり合う。



・・・・怖い・・・・・。


何かに怯えている?




夜になり、仕事から帰って来た母が、様子を見に部屋へとやってきた。

顔を合わせて先ほどの一件がバレないよう、


「具合が良くないから、夕食は部屋で食べる」


夕食を部屋に運んで貰うよう、お願いをする。

その後、お手伝いさんが部屋にお粥と飲み物を持ってきてくれた。

しかし、それに手をつける気にもならない。



・・・・怖い・・・・・。


何かに対しての恐怖心から、食べ物が喉を通らない。




「・・・・様子はどうだ?」


父だ。

次は仕事から帰宅した父が、部屋を訪れた。



「大丈夫です・・・」


スプーンを手に取り、お粥を食べる振りをする。

別に父は僕の身体なんて、心配はしていないだろう。

心配しているのは別の事。



「そうか。・・・・そういえば、お手伝いさんから

テラスにグラス2つとクッキーがトレーに乗せられたまま、放置してあったと聞いたのだが・・・・」



ドキッ・・・・。

父の言葉に、心拍数が上がる。


しまった、あまりの出来事で気が動転し、トレーを片付けるのを忘れてしまった。

兄を勝手に部屋から出した事がバレてしまう・・・・。


スプーンを持つ手が震える。



「友達でもお見舞いに来たのか?・・・友達と仲良くするのもいいが、今お前はそんな事をしている場合じゃないだろ?

友情も大事だけど、勉強をしっかりやりなさい。わかったね?」


・・・勘違いしている?


「・・・はい」



それだけを言うと、父は部屋を出て行った。

一度も家に友達なんて連れてきた事ないのに、友達と遊んだ話なんて一度もした事がないのに、

それでも父は、テラスの放置された二つのグラスを見て、友達だと思うなんて。


・・・何もわかっていない、僕の事。

そして、完全に記憶から削除されている、兄の存在を。

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