落とし穴 5
いつも限られた室内でしか行動をしていない兄には、自分の部屋から玄関までの歩行ですら困難。
唸る兄をなんとか宥めながら、その手を引き、なんとか靴を履かせ玄関の扉を開く。
「あー・・・・・・・・・・」
初めて外に出て空を見た兄は、あまりの眩しさに目を瞑り、言葉を失った。
「兄さん、これが空だよ。そして、外の空気。気持ちいいだろ?
あそこへ行こう、庭にあるテラスへ。
そこでいつも、僕達家族はお茶を飲んでいるんだよ」
僕達家族が、いつも使用しているテラスへ、兄を連れて行く。
兄も家族の1人だから。
テラスへ行く途中。
庭に咲いている花を見ては、兄は叫び声を上げ喜んだ。
飛んでいる鳥を見ては、指を刺し笑う。
兄にとって、初めてみる外の空間は、刺激的で楽しそうだった。
テラスにある椅子に兄を座らせると、
「ここでちょっと待ってて!今お茶を入れてくる。
兄さんもここでお茶を飲むんだ。
僕達がいつもしているように、お菓子も食べよう」
家へと駆け戻る。
・・・・兄さんにはお茶を持ってくるって言ったけど、お茶を優雅に入れている時間はないな・・・。
お手伝いさんが入れてくれるように、美味しく紅茶を入れる事は出来ないかも知れない。
それに兄さんは、紅茶が好きではないかも知れない。
そうだ、ジュースにしよう。
兄さんはお菓子や甘い物が大好きなんだ。
それにクッキーも持っていこう。
兄さんにも、僕達家族がいつも行っている日常を味わって欲しいんだ。
トレーの上に、グラスをのせジュースを注ぐ。
棚からクッキーを見つけると、それも持った。
兄を一人ぼっちにさせてはおけない。
ジュースが零れないよう、慎重に・・・かつ足早に庭へと戻る。
テラスへ戻ると、そこに兄の姿はなかった。
「うあーーーーーーーあーーー!!!!」
何処かから兄の唸る声が聞こえてくる。
目を離した隙に、何処かに行ってしまったみたいだ。
「兄さん・・・・?」
呼んでも答えてくれない。
それはいつもの事。
兄さんは、自分が「兄」であるという事もわかっていない。
さっきまで楽しそうに歌っていた声とは違う。
イライラした声で、兄は唸り続けていた。
どうしちゃったんだろ?
トレーをテーブルに置くと、声のする方へ走る。
花壇を抜けると、別の人の声も聞こえてくる。
「・・・・お前誰だよー!」
「ここはハヤトの家だろー?」
「あいつ兄弟なんて居たっけ?」
・・・・なんだろう、嫌な予感がする。
「うーーーーーーーーー!!!!」
「汚ねぇ!唾飛ばすんじゃねぇよ!」
「あっち行け!気持ち悪い」
兄は門に居た。
外と家の境目。
門の柵に捕まりながら、外に居る誰かに対して威嚇をしている。
まだここからでは、外に誰が居るのか?わからない。
わからないけど、なんとなく会話から誰が居るのか想像は付く。
次第に兄は威嚇から、手で頭を押さえ丸くなった。
「あーーーーー!!!やーーー!!!」
止めて欲しいという事すら言えない兄。
それも全て、言葉を教える事を放棄した両親のせいだ。
「こいつ、面白ぇー!」
そんな兄の姿を見て、面白がった柵の向こう側の人物達は、石や砂を投げつけた。
・・・・助けないと!・・・・。
「やめろっ!」
僕はそう叫びながら、兄の元へと走った。
家族が3人しか居ないのに、無駄に広い庭。
ただの見栄でしかない、この庭が憎い。
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