食い違い 9
「大丈夫ですか?落ち着いてください」
係員は椅子から立ち上がると、俺の隣に立ち、両肩を押し目の前にあった椅子に無理やり座らせようとする。
慣れ慣れしく、俺に触るな!汚い!愚民の癖に!
身体を大きく左右に振り、係員の手を振り払った。
いつもなら、それ位の行動を取ったところで、どうもならないんだけど。
今の俺は、体調が悪い。
身体を大きく左右に振っただけで、立ちくらみテーブルに手をつく。
「そんな事はどうでもいい!・・・はぁ・・・はぁ・・答えてくれ!
身体がだるくて、息を吸うのが辛いんだ。
休めば、元に戻るんだよなぁ・・・・」
立ってるだけでも、本当は辛い。
にも関わらず、係員に食いつく。
「少し休めば、元に戻る」
たった一言。
その言葉を聞く為に、
それさえ聞ければ、俺は安心し落ち着く事が出来る。
だから早く、それを言ってくれよ。
「あぁ・・・・、やっぱりそうなりましたか・・・・」
係員の顔から、いつもの気持ち悪い笑顔が消える。
あれ?
嫌な予感がする。
「とりあえず座って下さい。今涼さんの身体に何が起こってるのか、お話しますから」
なんだよ、この深刻な感じ。
こんな展開、俺は望んでいないんだ。
再び、係員は俺の両肩を掴むと、椅子へと誘導する。
嫌だ。
待ってくれ!
「離せ!・・・・はぁ・・・はぁ・・・、俺は大丈夫なんだ!
・・選ばれた人間なんだ・・・・だから・・・・・」
激しく抵抗し、係員の手を振り払おうとする。
しかし、呼吸すらままならない俺の身体は、手足がすでにピリピリ痺れており、意識も途切れ途切れになっていた。
「やめろっ!」
最後の抵抗。
大きく右に身体を振り払うと同時に、目の前が真っ暗になり意識は途切れた。
俺、このまま終わらねぇよな?
やっとウザイ奴を片っ端から殺せる権利を手に入れる事が出来たのに。
別に反抗したかった訳じゃない。
ただこのまま係員の言うとおり、椅子に座るのが怖かったんだ。
椅子に座り、今俺の身体に起こっている現象を聞かされる事を恐れたんだ。
ゆっくり目を開けると、見慣れた天井が見えた。
ここは俺の部屋。
正確に言うと、この街に潜伏する期間泊り込んでいるホテルの一室。
天井の次に見えたのは、俺の身体に繋がるチューブ。
その先を見上げると、袋がぶら下がっており、何らかの液体を自分の身体に注入されているのがわかった。
点滴か・・・・。
意識が途絶える前の出来事は、なんとなく覚えている。
呼吸が苦しくて、手足がピリピリ痺れており、段々意識が薄れていった。
あの時、俺は必死に係員に訴えていた事がある。
今俺の身体に起こってる現象は、少し休めば良くなる、と。
そう言って欲しかったのに、その言葉を聞く事は出来ず意識は途絶えた。
そして目が覚めた今、俺の身体に点滴が繋がっている。
この点滴は見た事がある。
知らない間に漆黒の翼を埋め込まれた時。
退院するまで、ずっと点滴につながれていた。
あの時の点滴と色が同じ。
だからといって、同じ物が注入されているとは限らないけれど、それでも悪い物は入れないだろう。
気のせいか、息苦しさも手足のしびれも治まっていた。
さっき係員は、俺の望んだ言葉を言ってくれなかったけれど、
「少し休めば良くなる」
は、強ち間違いではないはず・・・・・。
という事は、この点滴を身体の中に取り込めば、俺は元の身体に戻る事が出来るのだろうか?
「・・目が覚めましたか?」
気持ち悪い声が何処かから聞こえてきた。
「あぁ、気分がいいよ。体調の悪さも治まってきた」
ずっと寝っころがってるのもアレだ。
身体を起そう。
ゆっくり起き上がろうとすると、
「無理はいけない。まだゆっくり眠っていて下さい」
何処からか係員は駆け寄ってくると、俺の両肩を押さえ無理やりベッドに押し付ける。
やめろ!俺をベッドの押し付けないでくれ!
嫌だ!
俺は元気になったんだ!
「いや、大丈夫なんだ。調子は戻った!元気になったんだよ!」
またあの恐怖が蘇ってくる。
係員の言う事を聞きたくない!
抵抗し足掻くが、何故だろう、力が湧かない。
点滴をして、調子が戻ったんじゃなかったのか?!
それなのにどうして・・・・。
漆黒の翼を埋め込まれていない、ただの愚民である係員に敵わなかった。
手を振りほどけないまま、俺は再びベッドに戻された。
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