17 ヒカルとふたりで②
二人は保健室のドアに手をかけ、その場を離れようとした。
その時だった。
「あなたたち担任は藤塚先生よね。二人とも早退するってわたしの方から伝えておくわ」
と、先生が背後から投げかけたのだ。
百子たちがパッと振り返ると、先生はパチンとウィンクした。
「あっ……ありがとうございます!」
二人揃って頭を下げて前を向き直り、一斉に保健室を飛び出した。
ヒカルは嬉しさに負けて、キャーッと甲高い声をあげる。飛んだり跳ねたり後ろを向いたり、おかしなステップを踏みながら、転がるように廊下を駆け抜けた。
「ちょっと! 静かに! せっかく見逃してもらったんだから!」
そう叫びながら、百子も必死で彼女を追いかける。階段を登って、次の授業の準備のため生徒が疎らになった教室から鞄を取る。そして逃げるように再び廊下へ。そのまま玄関に向かって一気に階段を駆け下りた。
廊下に点々といた生徒たちが二人の足音に気づき目をギョッとさせた。
上履きを脱ぎ捨て、大急ぎでローファーと入れ替える。ヒカルの勢いについていこうとすると、未だ健在の下駄箱のゴミなんか相手にしていられなかった。
「百子ちゃんと二人で遊びに行けるなんて、最高!」
彼女は百子の手を取り、駆け足気味で校舎を出た。ストレートな言葉が素直に嬉しかった。
楽しそうな彼女の顔を見て、外に遊びに行こうと誘って正解だったなと、心の中で頷いた。百子自身も落ち込む気持ちを吹き飛ばしたかったし、思い切ってサボりを提案してよかった。
「まずは美容院でいいかな?」
とヒカルが歩きながら百子の顔を覗いた。
百子がそれに頷くと、彼女はスマートフォンを取り出し、電話し始めた。彼女は行きつけの美容院に電話してアポを取ってくれたみたいだった。
二人は学校の最寄駅に足を進めた。
「美容院ちょうど空きがあったみたいだから、お願いしちゃった!」
「ありがと、ヒカルちゃん」
駅から十分ほど離れた人気の少ない通りに、こじんまりとした店構えの美容室があった。
ガラス張りのドアから綺麗に掃除された店内が見える。平日だからなのか運が良かったのか、先客はいなかった。
重いドアを開けると、
「いらっしゃい! この子が百子ちゃん?」
20代前半くらいのカッコイイ男の美容師が、そう言って二人を招き入れた。
「おはようございます」
百子はペコッと頭を下げた。
「タクミくん、今日はありがとうね」
とヒカルが言うと、
「ヒカルちゃんの友達なら初回は半額サービスにするよ」
と美容師のタクミはピースサインを作った。
「えっ、そんな……!」
「まあまあ、お言葉に甘えようよ」
ヒカルは戸惑う百子の背中を押した。
「それじゃあ……お願いします」
とおじぎをすると、タクミは早速準備を始めた。
「どんな感じにする?」と彼女に聞いた。
「今こんな状態なので、整えて軽めにしてください」
百子がそうお願いすると、彼は何も訳を聞かず「かしこまりました」とだけ言い彼女をシャンプー台に連れていった。
ヒカルは近くのカットチェアに座り、ぐるっと回って百子の方を向いた。雑誌を手に足をバタバタさせてものすごく楽しそうだったが、視線を感じてちょっと居づらかった。
ものの1時間でカットからブロー、すべての工程が終わった。
「どう? こんな感じで」
彼は鏡を百子の背中側から掲げて手前の鏡と向き合わせ、彼女に後ろ髪が見えるようにした。
「わあっ、ありがとうございます。すごくいいです」
百子の髪型は不揃いなおかっぱから軽めのボブヘアーに早変わりした。
「百子ちゃん可愛いーっ! ショートヘアもやっぱり似合う」
持った雑誌の上から顔をのぞかせてヒカルが言った。
「ありがとう……嬉しい」
百子はちょっと照れくさくて、鼻の頭を掻いた。早くも嫌な思い出を忘れられそうだった。
「次もうちにおいでよ、パーマもカラーも安くするよ」
タクミは優しい笑顔でしっかり営業任務をこなしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます