12 ほんとの気持ち

 刻一刻と日が落ちて行き、十九時をすぎた頃だった。静かすぎて眠気に襲われ、百子は目を閉じそうになっていた。

 机に突っ伏したまま何度も体勢を変え、寝やすい角度を探す。

 その時、ガラガラと戸の開く音がして、誰かが教室に入ったのがわかった。びっくりして体が跳ねた拍子に眠気も吹き飛んだ。

 見ると、そこに居たのはやっと戻ってきたヒカルだった。

「アレェッ? 百子ちゃん? どうして……?」

素っ頓狂な声でヒカルが言った。百子は体勢を起こして彼女に目を向ける。

「追試の再々試でこんな時間になっちゃった」

彼女はぎこちなく笑って自分の席に着こうと椅子に手をかけた。

 そこで、「あの」と百子が声を発した。

「あなたと話がしたくて、ここで待ってたの」

 震える喉に力を入れて、目の前のヒカルにまっすぐ伝えた。

「えっ、そうなの? あたしを待って……?」

 彼女はあからさまに動揺し、あたふたと椅子を引いて腰掛けた。背もたれを身体の右側にして座り、上半身を少しねじって百子の方に顔を向けた。

 その改まった空気で、急に緊張感が高まってしまう。

 机三台分離れたところから、

「……話ってなぁに?」

と、モジモジと俯き気味でヒカルが問いかけた。

「あの……まずは、今日のことなんだけど」

 気づくともう教室は暗がりの中だった。

 二人は薄青い街頭の光を浴びて、暗い空の色に染まる教室内に浮かび上がる。シンとした空間で電気もつけずに数秒間見つめ合った。百子はカラカラになった喉に、ゴクンと唾を送り込む。

「今朝、保健室まで来てくれて、その、タオルとってくれたりとか……あっ、あの、ありがとう……。あと、教科書も貸してくれて……ほんとにありがとう」

 口ごもりながらも、やっとの思いで言い切った。

「えっ、そ、そんな……どう、いたしまして」

 ヒカルもつられて言葉を詰まらせる。

「あっ、あと、もうひとつ、謝りたいことが、あって……」

 百子は再び唾を飲み込み、言葉をつないだ。

「ずいぶん前の話に、なっちゃうんだけど……」

「うん?」

「あの……、あなたが私と仲良くしたいって言ってくれた日」

 ヒカルは急かすことなく百子の話に耳を傾けていた。その優しさが逆に緊張感を煽った。

「わたしあの時、ものすごくキツイ言い方で、あなたを突っぱねちゃったこと……すごく後悔してたの。その、本当に、ごめんなさい」

 椅子に腰掛けたまま、百子は深々と頭を下げた。その言葉を聞き、ヒカルは思わずガタッと椅子を鳴らした。

「そんなの百子ちゃんが謝ることじゃないよ! 嫌がらせ見て見ぬ振りしてるのに、仲良くしたいなんて虫が良すぎだって、百子ちゃんも言ってたでしょ。何も間違ってないんだよ!」

 必死の形相で彼女が訴えた。百子は顔を上げ、

「わたしも……間違ったこと言ったつもりはなかったよ。だけど……」と続けた。

 包み隠さない百子の言葉を、ヒカルは真剣な目で聞いた。

「あなたが何か悪さを企んでわたしに近づいてきたんじゃないってこと、あなたの態度を見てればわかったから……。どんな魂胆で? なんてあの時は言ったけど、なんの魂胆もないことくらいすぐにわかった」

 思ったことを正直に順番に、そっくり丸ごと吐き出していった。

「だからあんな言い方になったこと、ずっと謝らせてほしかったの」

 百子はそこまで言うと、俯いて口を閉じた。

 喋っていて、これって完全にエゴじゃないかと気がつき、自然に身体に強張る。

 一呼吸置いてからヒカルが口を開いた。

「それならあたし全然気にしてないよ!」

 ずいぶん身勝手な話だったけれど、ヒカルの声色は明るかった。その返事を聞いて、百子はホッと息をついた。

「そっか、それならよかった……」

 一週間近く悩み続けた心配事がやっとの思いで解消した。

 ヒカルはおもむろに口を開き、その先も話を続けた。

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