11 夕暮れ時の教室で

 その日すべての授業が終わり、百子は保健室に行って制服に着替え直した。

 着ていた体育着を抱え教室に戻る途中、亮と廊下でバッタリ鉢合わせた。

「モモちゃん! もしかしてもう帰るとこ?」

「……そうだけど」

 百子は彼に対する負の感情を隠し切れず、声に載せてしまった。

「なんか不機嫌? 大丈夫?」

 しまったと思いつつも、百子はそのテンションのまま

「別に何でもないよ」と続けた。

 噂について問いただすことも頭をよぎったが、これ以上疲れるのは嫌だったのでやめた。

「ところでさ、今日の放課後だけど……」

 亮がそう言ったのを聞いて思い出した。そういえば遊ぶかどうか返事を保留状態にしていたんだった。今日の出来事が強烈すぎてすっかり頭から推し出されてしまっていた。

「ごめん、今日行けない。茉里たちにも伝えといて。それじゃ」

 百子は簡潔に断り、大股で進み亮を通り越した。

「あれっ? モモちゃんやっぱ怒ってる〜〜?」

 彼の焦った声が背後で聞こえたが、百子は無視した。

 今朝の騒動についてはみんなが知っているはずなのに。あんなことがあれば噂が広まらないわけがない。あたかも何も聞いてないみたいな態度取りやがって。百子は歩きながらその苛立ちを抑えこんだ。

 教室に着くと、一部ボロボロになった教科書たちをカバンに詰め込んだ。あまりにも酷な姿にされた本たちを見て、心が痛む。

 さらにこれらを買い直すことを考えると、思わずため息が漏れた。

 --親に頼むのも申し訳ないしバイトでもしたほうがいいかな……。

 ふと顔を上げ左前方の席を見た。ヒカルは荷物を残したままどこかへ消えていた。

 もう他の生徒はほとんど下校していて、教室には百子だけだった。厄介なギャルたちもいない。

 百子は閑散とした教室でヒカルを待ってみることにした。

 結局あれから話をするタイミングもなく、お礼も言いそびれてしまったから。


 今日一日、茉里たちから声をかけられることは一度もなかった。いじめの標的を避けることについて咎めるつもりはないけれど……。

 昼休みも一人で屋上に行ったし、教室を移動する時も一人だった。

 つい昨日まで四人でセットだったのに、たった一晩でここまで状況が変わることもあるんだなと、他人事みたいに考えた。

 もちろんだが、茉莉たち以外のクラスメイトも極力近づかないようにと百子を避けていた。

 --こんなに一人で過ごす時間が多い学校、初めてかもなぁ。

 しばらくひとり机に突っ伏して、ぼーっとその木目を眺めていた。動きもせずただ脱力して。

 時計は十八時半を指していた。帰りのホームルームからもう二時間くらいは経っていた。

 少しずつ日が暮れはじめた。部活を切り上げて校庭を出る生徒が窓の外にちらほら見えた。

 --来ないなあ。

 今度は廊下側の窓の外をじっと見つめた。

 人影は一つもない。さっきまで聞こえていた生徒の話し声もしなくなり、一気に教室内の静けさが増した。

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