10 変化
百子は一時限目の終業チャイムを聞いてから教室に戻った。
濡れた制服は保健室に干させてもらい、ジャージに着替えた。先生にとても心配されたが、詳しいことは言わずにトラブルに巻き込まれたとだけ伝えた。
生乾きの髪を後ろで軽くまとめ、百子は自身をいつも通りの平常心に戻し、次の授業の支度をした。
普段なら茉里たち三人が百子のところに集まって来るのだが、今はもう完全に他人扱いだった。彼女らは百子のことを見ようともせず、三人だけで教室を出て行った。
こうなることは朝の騒動の時点でわかっていたし、驚くこともなかった。
百子はまだこの教室に残っているヒカルの方へチラリと目を向けた。
彼女は瑛里華に声をかけられるも、一緒に教室を出ることはしなかった。瑛里華たちがまとまって教室を出るのを見送り、彼女は手元に目を戻した。
そう言えば、水たまりのできていた机周りがきれいに掃除されている。
--誰が掃除してくれたのかな……。
百子はしばらくじっとヒカルの背中を見つめてしまった。彼女を見たまま、現代文の教科書に何気なく触れると、何か違和感があった。ハッと我に帰り、教科書の中身を確認して、百子は落胆した。
何ページも破り取られ、残ったページもほとんどが黒いインクで塗りつぶされていた。
ついに自分の中で取り決めていたイジメのボーダーラインを、完全に越えられてしまった。
勉強に支障を来さない程度なら、と甘んじて受け入れてきたが、さすがにこの状況を打開しないわけにはいかなくなった。
その場に呆然と立ち尽くし、どうしたものかと頭を悩ませていたその時だった。
「百子ちゃん」
と俯く百子に再びヒカルが声をかけた。
「あたしの教科書使って」
彼女はそう言うと、現代文の分厚い教科書を百子に差し出した。
「えっ、でもあなたは」
「あたしは別の誰かに借りるからいいの。授業始まるから早く行こ」
ヒカルは百子の机に教科書を置いて駆け足で教室を出た。
初めてだった。彼女と教室内で言葉を交わしたのは。
--あとでお礼を言ってあの時のこと早く謝らなくちゃ。
ヒカルに借りた教科書を抱きしめ、百子は部屋を後にした。
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