09 噂の原因


「亮くんいる!?」

 教卓側の戸が一気に全開になり、百子の切羽詰まった声が教室内に響き渡った。

 その時ちょうどヒカルは、部屋の一番後ろの角っこでひとり窓の外を眺めているところだった。グループのメンバーの一人に連れられてその教室に来ていたのだ。

 百子は亮が部屋にいないことを確かめると、そそくさと戻って行った。

 朝から教室の中は、「百子が亮に告白し、付き合い始めた」という噂で持ちきりだった。

 ここまで噂が広がるのも、人気の高いイケメン絡みの話だからだろう。

 生徒たちは「あの二人ならお似合いだよね」とか、「まじショックなんですけど」とか、好きずきに意見を述べあっていた。


 百子と入れ違いで、亮が教室に戻ったのが見えた。周りの生徒たちは噂されている張本人を確認すると、声のボリュームを落とした。彼はロッカーに寄りかかり、親友の祐樹と会話を始めた。ヒカルはちょうどその近くにいたので、なんとなく会話を立ち聞きすることにした。

「お前本当に百子ちゃんと付き合い始めたの?」

と祐樹が本人に直接探りを入れると、

「いや、それがさ、実は俺が告白して返事待ちしてるとこなんだよね」

 亮は周りに悟られないくらいの小声で言った。

 それを耳にし、ヒカルは眉をひそめた。

 --どういうこと? 噂と全然違うじゃん。

「付き合ってるって噂が流れれば返事とかなあなあになって、その流れで付き合えないかなって思ってさ。昨日の夕方クラスの女子にたまたま聞かれて、付き合い始めたって言ったんだ。そしたらこんな広まっちゃって」

 困ったという表情を作りながらも、亮の声色は嬉々として浮かれていた。

「お前……相変わらずそういうとこあるよな」

と祐樹が呆れたように言った。

 思わぬ事実にヒカルは驚愕した。鼓動が早まり息が苦しい。

 本当に百子は亮を好きなのだとばかり思っていたから。

「今モモちゃんのとこのクラスにも伝わってるから、これから大変なことになるんじゃないかな」

 亮がすごく楽観的な言い方をした。

 ヒカルは横目で二人をマークしつつ、携帯を見るふりをした。

「モモちゃんって瑛里華たちにいじめられてるっぽいじゃん? だからこの噂でもっと酷いことになれば、モモちゃん俺に助け求めて依存してくれるかなって」

 にやけた声で言った亮の言葉に、ヒカルは思わず顔をしかめた。

「メンヘラ女好きだもんな」

 祐樹が笑い混じりにそう言うと、

「モモちゃんって人に依存しないし、束縛もしない感じじゃん。そこ以外はパーフェクトなんだけどね」と亮は不満気な表情をした。

 ヒカルは彼らの話を聞いて、サーッと血の気が引くのを感じた。足元がふらつき目眩がする。ロッカーに体重をかけ、彼女は深呼吸をした。

 その矢先だった。

「やばい! 隣すごい面白いことになってるよ!」

 百子たちのいる教室に遊びに行っていたらしき女子が二人、ドタバタと騒ぎ立てながら戻って来た。

「瑛里華ちゃんが月丘さんに水ぶっかけてたよ!」

 もう一人がそう言うと、

「マジか、見たかった」

「まだやってんの?」

 教室内はどよめき、何人かが隣の教室へ一目見に行こうと動き始めた。

 すぐ側では亮が「ほら来た!」と嬉しそうな笑顔を見せた。

 その直後、教室の窓から小さな人影が走っていくのが見え、ヒカルはすぐさま目で追った。

 それがずぶ濡れになった百子だということがすぐにわかったので、急いで教室を飛び出し彼女を追いかけた。

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