05 気分転換
翌朝、十分な睡眠を得られなかった彼女は眠い目をこすって登校した。
「百子、その目どうした」
と百子より少し遅れて教室に来た世那が遠慮なく問う。
「ちょっと寝不足で……」
腫れぼったい瞼が恥ずかしくなり片手で覆い隠した。
「ガリ勉かよ〜」と世那は笑い声をあげた。
残念ながら勉強していたわけではない。
百子は席に着き、ヒカルの方にチラリと目をやった。
いろんな色で何度も染め直されて傷んだポニーテールが、キラキラと日差しを受けて反射している。
「ちょっとトイレ行ってくる」
そう百子に声をかけてから世那は教室を出た。茉里も絵美もまだ登校していない。ホームルーム開始まであと五分ある。
ヒカルの周りには誰もいない。話しかけるなら今がチャンスだ。
しかし身体が石みたいに重くて、その場から一ミリたりとも動けない。ヒカルの席まで十歩も無いのに、腰を上げることすらできなかった。
手のひらに嫌な汗が浮かび、心拍数が跳ね上がった。
どうして彼女のことになると不必要なまでに動揺してしまうのだろう。
百子は結局、ホームルーム開始までその場に固まっているだけだった。
カツカツと黒板を叩くチョークの音が、空いた胃に響いた。
百子は開かれた数学Bの教科書の上で頬杖をつき、完全に上の空で先生の声を聞いていた。
窓際のヒカルが視界にチラチラ入り込む。
--気が散って仕方ない。
本当になぜここまでヒカルに執着したがるのか自身でも理解できなかった。
今までだって言いたいことは直接相手に言ってきたし、その時に相手を傷つけたことだって何度もある。
自信があるからこその行動だと自負していたが、なぜか今はその自信が跡形もなく消えてしまった。
このままじゃダメになる。直感的にそう思った。
昼休みになるといつも通りみんなと集まり机をくっつけた。
「ねえ百子、今から駄目元で遊びに誘うけどいい?」
と茉里が若干怯えながら切り出した。
「それどんな質問よ」
ガクッとずっこけそうになりながら百子は返した。
茉里が気をつけをしてこちらを向く。
「今日カラオケに行かない?男子も誘ったから、もし今日空いてたらでいいけど」
絵美と世那も横で百子の良い答えを待ち望んでいる。
百子はもちろん断ろうと口を開いた。
「いつも言ってるけどわたし……は……」
課題をやるからさっさと帰る。そう言おうとして、止まった。
--もしかして、今こそわたしは遊んだ方がいいんじゃないのか?
悩まなくていいようなことでずーっとウジウジしてるより、茉里たちと男子とパーッと騒いで楽しんだほうがずっと気が楽なんじゃないのか?
「百子?」
絵美の呼びかけで百子は目を覚ましたように顔を上げる。
男子と遊んでも遊ばなくてもどうせいじめられるなら、いっそ遊んでやればいいんじゃないのか?
散々思考を巡らせた上で百子は再び口を開いた。
「いいよ、今日は行く」
その返事に、周りの三人がワッと明るい顔をした。
「百子ありがとー!」
「やっと亮との約束守れんじゃん」
「茉里よかったね」
お礼を言われるようなことじゃないんだけどな。百子は少し照れくさかった。
放課後、普段は一人で向かう下駄箱に、茉里たち三人と亮たち二人と合計六人で向かった。
なんとなく百子は罪悪感を覚え、急いでローファーを出した。いつもながら紙切れで散らかった中から急いで靴だけ出したため、ゴミがその場にこぼれ落ちた。
それを見た亮と祐樹はギョッと目を丸くした。
「なにそれ」
亮が紙切れを拾いあげ、そこに書かれた罵倒文句に気づき唖然とした。
「モモちゃん、これはどういうこと?」
「大丈夫だから!気にしないで早く行こ!」
百子は極力明るく楽しそうな表情を崩さず亮の腕を引っ張った。
不思議そうな顔をするも、亮は素直に従った。
六人でのカラオケは盛り上がった。思い思いの曲を歌い、最大限にはしゃいだ。
百子も久しぶりのカラオケを存分に楽しみ、悩む心を発散させた。
茉里たち三人は亮と祐樹の歌声に酔いしれうっとりとしたり、キャーキャーと甲高い歓声を上げたりしていた。
ひとしきり騒いで、百子たちはカラオケ店を後にした。
すっかり日は暮れ、街灯の明かりがついていた。
「超楽しかったねー!」
茉里が声を弾ませた。
「うん、誘ってくれてありがとう」
と百子は返事をし、笑顔を見せた。
その横で絵美と世那は祐樹を取り囲み会話にふけっている。
「明日も遊びに行かない?」
亮が百子たち2人に向かって言うと、絵美たちも顔をこちらに向けた。
「そうだねー!遊ぼ遊ぼ!」
茉里が嬉しそうに叫んだ。
黙っている百子を、亮がチラリと目で確認してきたので、
「……うん、わたしも遊びたい」
と少しだけ悩んでからそう言葉にした。
みんなそれぞれ家に向かい足を進めたので、百子も「また明日ね」とみんなに手を振って帰ろうとした。すると
「モモちゃん家こっち?」
と亮がすかさず背後から声をかけてきた。
「うん、そうだよ」
「送ってくよ」
そう言って亮が百子の隣につけた。
「いいよ、悪いし」
「そんなこと言わないで。俺が送りたいだけだから」
そう言う亮を横目に、百子は少し複雑な気持ちでうなずいた。
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