04 一年前と今

 放課後、百子は少しの期待を抱いて校舎の玄関へ向かった。すでにヒカルも教室から出ているようで、持ち物は机に残っていなかった。

 初日あれだけ冷たい態度をとったのに二日目も百子を待っていたんだから、今日もいるんじゃないのか。もし彼女がいたらきつい言い方になったことを謝りたい。時間が経つにつれ、百子の心は彼女の思いを信用する方向に傾いていった。

 仲良くしようとは思わなかったし今もその気持ちは変わらないが、あそこまで嫌味な言い方をする必要があったかどうか授業中にまで真剣に悩んだ。

 下駄箱まで階段を駆け下り、そこからガラス戸付近を見渡した。しかし彼女の姿はどこにもなかった。ヒカルは本当に百子のことを待ち伏せしていなかったのだ。本人が待つなと言ったのだから当然のことではあったが……。

 ここ一年半ほど、百子は高校に入学してから自信を失った日はなかった。

 しかし今日、その足取りは重かった。いつもなら覚える必要のない罪悪感が、鉛になって足に絡まりついた。下駄箱の中のイタズラを片付ける元気もなかった。床にこぼれ落ちた紙切れもそのままに、校舎を出てトボトボと硬いアスファルトを辿った。

 もはや傷ついたままのヒカルを放っておくという選択肢は、百子の頭から消えかけていた。


 背中の真ん中まで伸ばした柔らかい黒髪を枕に預け、百子は毛布をかぶったまま思考を巡らせた。

 自分の気持ちがこれほど左右する事態に陥ることなど予想していなかった。

 今まで関わりもなく特に興味を持ってこなかった相手に悩まされて、夜も眠れないなんて。

 --なんだってのよ。わたしは一つも悪くないのに。


 百子に対する嫌がらせが始まったのは高校一年時の初め頃だった。

 新学期になり少し経つと、百子に一目惚れをしたと告白してくる男子が十数人もいた。付き合い始めてから気持ちを育めばいいと思い、その中の五、六人ぐらいと付き合った。しかし彼らの中の誰を好きになることもなかった。一緒にいるのも耐えられなくてたった一週間、二週間ぽっきりで相手と別れたこともちらほらあった。

 確かに一目惚れをさせるだけあって、百子は可愛かった。大きくつぶらな瞳は長いまつげで覆われていて、なだらかにラインを描く小ぶりな鼻が尖って上を向いている。そのすぐ下に少しポテッとした真っ赤な唇が、静脈の透ける白い肌の中で目立っていた。

 小柄で華奢な彼女は入学当初から、生徒の間で超可憐な美少女が入学したと噂された。

 男子に囲われることの多い割に、その場所に執着しない百子はあっという間にギャルたちから目をつけられたのだった。

 それからはギャルたちの反感を買ってまで誰かと付き合って別れてを繰り返しても仕方がないと思い、気の無い男子からの誘いは端から断るようになった。それからも彼女に好きな人ができるわけではないのだけれど。


 百子がギャルグループからいじめられるようになる前は、彼女らとも普通に挨拶を交わしたりちょっとした雑談なんかもしたりしていた。

 ある日を境にすっかり無視されるようになったのだ。もともと一緒にいた茉里たち三人以外の女子も、その脅威を目の前に百子と親しくすることはなくなった。

 陰湿というまでもないようなくだらないイタズラに、それこそ初めは困惑した。しかし3日目くらいからは、普段どおり過ごすことに専念した。

 何より自分に自信があるのが救いだったと思う。

 幸い茉里たちはギャルグループに怯えながらも百子と変わらず接してくれたし、精神的に弱ることもなかった。

 もともと他人に興味のない性格をしているおかげで、そういう部分では得していると自身も感じていた。

 そんな百子がヒカル一人に気持ちを振り回されるなんて、自分でも信じられなかった。

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