03 百子の友達

 翌朝教室で見たヒカルはものすごく落ち込んでいた。窓際で前から二番目の席に座っている彼女に対し、百子は三つ後ろの一つ右の席が定位置だった。後ろ姿でもその落ち込みようはわかった。周りのギャルたちが彼女を見るなり「ヒカルマジどうした」「何しょげてんの?」「ウケる」など口々に声をかけている。

 --絶対わたしのせいだよなあ。

 またそんな風に思ってしまった頭を左右にブンブン振った。間違ったことを言ったつもりはなかったし、嫌がらせをしてくる人達の仲間と親しくするなんておかしなことだという考えは変わらなかった。

 昼休み机を合わせていつものメンバーで弁当を食べていると、横をヒカルが通りがかった。やはり百子の顔を見ることはしなかったが、その表情は今にも泣き出しそうだった。眉を大きく八の字に曲げ、大きな瞳は潤んでアイラインを溶かしてしまいそうになっている。百子は箸で掴んでいた卵焼きを落としそうになった。

 --そんな顔になるまで悩んでるの?

と一瞬うろたえたが、すぐに「関係ない」と自分の思考回路を正した。

「百子なんかあったの?」

 茉里が心配そうに顔を覗き込んでくる。百子の動揺は彼女らに伝わってしまっていたらしい。百子は、

「いや、なんでもないよ」と表面上取り繕った。

「百子の人生ギャルにいじめられてる以外は順風満帆だもんね。また他校の男子からメアド聞き出されたよ」

と世那がニヤニヤしながら言った。

「まさかまた教えてないでしょうね」

「あまりにしつこいから教えちゃったゴメン」

「ちょっと!」

 百子が目を三角にして怒鳴ると、絵美がまあまあとなだめた。

「迷惑メールが一件増えるだけだから我慢しなよ」と絵美は笑いながら続けた。

「即効メアド変えよ。今変えよ」

 百子はサッとスマートフォンを取り出し、画面を操作し出した。

 世那は少しそういうマナーに関して忍耐力が欠けていた。突然の出来事でヒカルのことから気がそれたのはいいものの、勝手にメールアドレスをばら撒かれるのは非常に迷惑だ。

「メールアドレスだって個人情報なんだからね」

という百子のもっともな言い分に、世那はゴメンゴメンと笑いながら謝った。

「世那には新しいメアド教えないからね」

「エーーッ!教えてお願いもうしませんから!」

と手を合わせて世那が必死な顔になると、絵美と茉里が声を上げて笑った。

 何回目だと思ってるの、とため息をつきながらメールアドレスの変更を完了させた。

 この三人といてもう二年目になるが、付き合い始めた当初からこういうノリは苦手だった。親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったもので、百子は切実にこの三人に対してそれを訴えたかった。

 黙々と弁当を食べていると、

「モモちゃん、今日どうするの?」

 背後から男子の声が飛んできた。隣のクラスから三、四人の男子達がガヤガヤとやってきた。

 モモちゃんと呼ばれて百子が振り返ると、亮と祐樹が期待に満ちた表情で見つめていた。

 その二人以外はギャルグループの方に向かったようだった。

「今日どうするってなんかあるの?」

 小首を傾げて百子が問いかけた。

「今日放課後みんなでボーリング行くんでしょ?モモちゃんも来るって聞いてるんだけど」

と亮は眩しいほどの満面の笑みを浮かべる。彼はなかなかの男前で、隣に立つ祐樹も同じくらいイケメンだ。女子からの人気は絶大で、もちろん百子がこの二人と仲良くするたびギャルグループの反感を買うことになる。

「わたし聞いてないんだけど……」

 百子はチラリと茉里を見やる。反発する磁石みたいに彼女の黒目が百子の視線を避けた。

「えっ、うそ。俺楽しみにしてたのにな〜」

「予定あるの?他の奴らも来るのに」

 亮と祐樹はわざとらしいほど残念そうな表情を作った。

「百子付き合い悪いよね〜」

 白々しく抑揚をつけて絵美が続ける。世那はその隣で苦笑いしながらハァーとため息をついていた。

「ちょっと茉里また勝手に約束したの?わたしは帰って課題やるって言ってるでしょ!」

 茉里は可愛く舌を出して肩をすくめる。

 その動作にイラッとしながらも、百子は

「ゴメン亮くん祐樹くん。わたし今日予定あるから行けないや」と断った。

「いいよー今日は茉里たちと楽しんで来るから気にしないで!」

「次は一緒に遊ぼうね」

と亮たちが優しい口調で言い、しばらく茉里たちと話し込んでから教室を出て行った。

 彼らの後ろ姿を見送った百子以外の三人は惚れ惚れとした表情をしていた。

「やっぱイケメンだわ〜」

「最高」などと骨抜きになり、それぞれ息を漏らした。

 --この恋愛体質な三人にはとても溶け込める気がしないわ。

 百子はギャルグループに背を向けて弁当を食べていたが、確認せずとも彼女らの厳しい視線を痛いほど感じていた。

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