02 勘ぐり深く
ついに百子はヒカルと一言も交わさず、その日の授業を終えた。やはり何度彼女の近くを通りがかっても、声をかけられることは一度もなかった。ヒカルが意図的に百子の方を向かないようにしていたかに見えた。
百子は足早に帰り支度をし、玄関で毎度恒例の嫌がらせを片付けているところだった。ガラス戸に目をやると、そこに寄りかかりほうけているヒカルを見つけた。百子はム、と唇に力を入れた。
--なんでそんなところで突っ立ってんのよ。
ゴミくずを捨てると、さっさと靴を履きヒカルの横を目を瞑って素通りした。それにもかかわらず、
「百子ちゃん!」
と背中にヒカルの甲高く明るい声が投げつけられる。しかし百子は足を止めなかった。
「待ってよ! 一緒に帰ろ?」
「うるさいなあ……まさか毎日一緒に帰るつもり?」
百子はヒカルの顔を見ることなく冷たい声で言い放った。
「そうだけど、だめ? どうせ方向一緒なんだし……あたし百子ちゃんと帰りたいの!」
「何が言いたいわけ? 昨日の今日で教室では一言も喋らなかったし目もそらしたじゃない。それで一緒に帰りたいなんて言われても」
ヒカルの素でボケたような発言に、百子はついカチンときてしまった。その場に立ち止まり、キッと彼女を睨みつけながらまくし立てた。言い終えてすぐ、吐いた言葉を反芻し、気がついた。それが彼女と話したがっているみたいだったのではと。そのせいで百子は居心地が悪くなり、彼女から顔を背け口をつぐんだ。しかしヒカルはそれに感づかずに、
「ごめんなさい……。でもこっちにもそっちにも事情ってもんがあるでしょ?」
しょんぼりとうつむきながら目だけで百子を見た。
まるで瞳を守る傘みたいな黒くて長いまつげがカールして、晴れた夕暮れの空を向いていた。
事情ねえ……。
か細く弱そうな彼女を見据え、一呼吸置いてから百子は続けた。
「事情があるってんなら一緒に帰るのも控えた方がいいんじゃないの?」
「それとこれとは別! 仲良くしたいだけみたいな……」
ヒカルの矛盾した理論に、溜息まじりに答える。
「何がしたいのかさっぱりわからないんだけど。はっきり言うけどわたしは今後あなたと連みたくないから」
じっとりとした汗が首元で薄く膜を張った。
「どうして……!」
すがりつくような目でヒカルが訴える。
対して百子はあくまで淡々と、取り乱すことなく語った。
「どうしても何も、あなたはわたしをいじめてる女子グループの中のひとりだよね? 普段見て見ぬ振りして放課後その子たちの目がないところでわたしと仲良くしたい? どんな魂胆で?」
その言葉に圧倒され、ぱくぱくと動かされるヒカルの口からは呼気すら出てきていない。
「その上今日のあなたの態度……わたしのこと視界に入れようともしなかったよね。それでどう仲良くしろっていうのよ」
と百子は付け加えた。
それから二人の間に数秒、沈黙が流れた。
ヒカルが目を泳がせてギュッと口をつぐんだのを確認すると、百子はフゥと息をついた。
「そういうことだから。明日は待ってないでよね」
百子は足を帰路に戻し、前を向き直った。
そのあとヒカルがどうしたのか振り返って確認することなく、いつも通りに帰宅した。
部屋でひとり体育座りをし、天井の照明を見つめ目を閉じた。明るい蛍光灯の残像が脳に痛い。
ヒカルと別れてから、なんとなく心に虚しさが残っている。百子にはその理由がわかっていた。
ヒカルが何かを企んで自分に近づいてきているとは到底思えないからだ。ギャルグループのスパイをやらされているとか、弱みを握って嫌がらせのパターンを増やそうとしているとか、とてもそのようには見えなかった。
本当はヒカルと会話をして、純粋に仲良くしたいという気持ちが彼女の言葉や表情、仕草から伝わってきたのに……。
--ちょっときつく言い過ぎたかな。
無邪気で明るく、健気な彼女の表情が胸に浮かぶ。心臓が少しだけズキリと痛んだ。
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