十五

 ごめんなさい。


 こんな言葉じゃ、佑香は許してくれないよね。あれだけ佑香やその周りの人に迷惑をかけて。なにより裏切ってしまった。もう友達なんて、呼んではもらえないかもしれない。けど、本当に、こんなことをしようと思ってやったわけじゃないの。それだけは信じて欲しい。

 なんで私がアレとともに行動するようになったのか、一部始終嘘偽りなくここに書いていきます。


 最初、アレと出会ったのは一週間くらい前の夕方。大学から帰る時だった。普段通ってる道が工事をしてて、迂回して帰ることになったんだけど、せっかくだからと、ちょっと遠回りしてみることにしたんだ。

 それでふとした拍子に、本当に突然、アレが現れた。巨大な体、黒々とした恐ろしい姿は、知っている動植物に分類できる見た目ではなかったわ。

 死を覚悟したが、アレは襲ってくることはなかった。それどころか、脳に直接訴えてくる形で話し始めてきた。何人もの男性の声が混ざったような、薄気味悪さを感じる声でね。


 まず、名前を名乗ってきた。とは言っても、名前がないことを名乗ってきた。なんでなのか、特には言わなかったし、訊かなかった。また、とりあえず幽霊や妖怪とは違う存在らしい。

 そして現れた目的は、私の願いを一つ叶えるため。ただ、それにはある石碑に祈らなければならない、と言ってきた。


 最初は勿論、信じられなかった。今にも襲いかかってきそうな風貌をしているのに、まるで真逆の甘いことを言ってきたから。


 けど、同時にこうも思ったの。襲うなら、体格も十分優っているんだし、もう既にやってるだろうって。


 祈る場所がどこか問うと、アレはついてこいと、マンションの前まで案内された。そこには、文字の彫られていない小さな石碑があった。長く手入れがされていないことが分かるほど、汚れがついていた。

 アレは、ここで願えば願いを叶えることができると繰り返してきた。

 私は願ってみることにした。だって、普通のことをしていても叶うことのないことだから。


 願いは、佑香、あなたのこと。私、佑香が好きなの。


 だから、願った。けど、両想いになりたいとかそういうわけじゃない。ただ、バイトとか辞めた後もずっと友達のままで、社会人になっても一緒に食事したり遊びに行くような、そんな他の人よりも距離の近い親友でいたかったの。

 けど、それを邪魔しかねない奴が出てきた。この間聞いた、ストーカー。佑香の疲れた顔を見て、精神的に疲弊しているのが分かった。もしかしたら、ずっと長くいることができないかもしれない。それだけはなんとしても避けたかったんだ。


 だから、アレに協力を仰いだ。

 アレは他の人には見えないらしかった。それに、何か特別な力があるみたいで、私にストーカーが土金だって教えてくれた。バイト先を辞めた人もあいつのせいだって専らの噂だったし、無い話じゃない。私はその夜から土金を見張ることにしたの。


 すぐに証明されたわ、あいつが犯人だって。その夜から早速行動に移した。先にバイトを抜けて隠れていたあいつは、後から出てきた佑香を尾行し始めた。近づくこともなく、一定の距離をとりながら、佑香の後を追うその姿を見て犯人だと確信した。だから、アレに幸いにもすぐそばにあった土金の家へ誘拐するよう頼んだ。


 気絶させてあいつを家に運び、家に入って縛り上げて、尋問することにしたの。その間、アレには佑香の後を追ってもらったわ。念には念を、もしかしたら仲間か何かいるかもしれないって思って。

 目を覚ましてから、私は土金に尋ねた。なんで、佑香をストーキングしてたのかって。理由は前に同じ被害に遭っていた人とまさに同じ。けどさ、意味が分からないよね、仕事のことで注意したことへの逆恨みなんてさ。だって、やることさえ疎かにしていることが、自分自身が何よりも悪いのにさ。


 あいつの目には反省の色なんてなかった。それどころか、もっと苦しめてやるなんてことを言い始めた。


 動揺した。たったそれだけの小さなことで、ここまで人を駆り立てるなんて。恨みとはなんて恐ろしい負の感情なのか。

 私と向き合いながらも合ってはいなかった怒りの目に、思わず少し視線を外してしまった。一瞬の隙を見せた時、上手く縛れてなかったのか、あいつは突然襲いかかってきた。なすすべなく、私は首を絞められた。必死に抵抗して解こうとしても、だいの大人の力をどうにかすることはできなかった。

 意識が遠のきながらも、最後の力を振り絞って近くにあったものを掴み、側頭部めがけて思いきり殴った。怯んで力が緩んだ時、私は馬乗りになって、ひたすら殴り続けた。

 何度殴ったか分からない、ただとにかくずっと殴り続けた。「やめてくれ」と、か細い声で言われても止めなかった。このまま生かしておいたら、どんな復讐をされるのか予想がつかなかったから。それに多分、怖かったんだ。考えていることよりもずっとずっと恐ろしいことをし返されるんじゃないかって思えてならなかったから。

 ふと手を止めた。現実に帰っただけじゃない。頭がひどく潰れているのに気づいたからだ。死んでいるっていうのは一目で分かった。

 気の動転は吐き気を少しだけ抑えてくれた。けど、すぐに胃酸が喉元までのぼってきた。吐かないようにと口元を押さえながら、この部屋からすぐ逃げようと動いたわ。


 玄関出たところでアレがいて、佑香を追っていたら邪魔する人間が出てきて、逃げられてしまったって伝えられた。

 とりあえず逃げることを第一に考えていたから、私は一目散に家に逃げ帰った。疲れていたのか、そのまま寝てしまい、気づいたら朝になってた。

 目を覚ましても首に絞められた感覚が、手に殴った感触が残っていた。昨日のことは夢じゃない。そう思っていたら、アレが佑香の彼氏を襲ったことを話してきた。なんでそんなことをしたのか問い詰めたら、私の邪魔になるから、と伝えてきたの。


 私の願いが歪曲して伝わってる、危険かもしれない。改めてそう思った。

 けど、何もしなかった。もう後戻りできなかったから。それに、髪を耳にかけた時、イヤリングが片方無くなっていたことに気づいて、その時はそれどころじゃなくなったから。


 どこかで落とした。そう思った瞬間、答えが一択に絞られて脳裏に浮かんだ。あいつと揉み合った時、落としたんだって。あの部屋に置いてきちゃったんだって。


 このままじゃ犯人だってすぐにバレてしまう。

 時刻はまだ早朝。人通りが少ない今ならば、そう思ってすぐに探しに向かったわ。部屋は異常な臭いが広がり始めていた。血と少し腐り始めたような鼻をねじ曲げそうな臭いにむせながら、必死に探した。何分経ったか、ようやく見つけられたけど、もう一つ問題が起きた。部屋のドアベルが押された。静かに鳴りを潜めて、去ることを祈った。


 けどダメだった。それどころか、佑香と知らない男性二人の声が聞こえてきた。心臓が止まるかと思ったよ、扉まで開けてきた時は。急いで押し入れに隠れたんだけど、少し調べられればすぐにバレちゃう。


 そしたら、アレが、自分が囮になるからその隙に逃げろって言ってきた。で、アレは玄関から飛び出していった、言われた通り、ベランダから逃げた。

 二人に言われた通り、あの部屋に私はいた。二人と会ったのもその時。その後のことは、カフェで三人と会ったこと。もう分かるよね。


 これが全部。私の身に起きた全ての話。




 殺したくなかったわけじゃない。多分、殺意はあった。だから、私は人を殺したんだ。人殺しなんだ。


 こんなことになるんだったら、寄り道をしようとか思わなければよかった。あの道を選んで通らなければよかった。遠回りせず帰ればよかった。アレから逃げればよかった。石碑に願わなければよかった。

 こんなたらればを言っていても仕方ないって、分かってる。けど、悔やんでも悔みきれない苦しみが、一分一秒と経つたびに心をどんどん蝕んでいくの。もう生きるのが苦しくなっちゃったんだ。


 多分、私がこれからすることを佑香は否定すると思う。怒るとも思う。もしかしたら、激しく。けどね、佑香や彼氏さんまで苦しめてしまった私にできることは、これしか思いつかなかったの。私ができる償いであり、今から逃げられる唯一の術。ごめんね。


 最後にこれだけ伝えさせて下さい。

 佑香、私を忘れて。けど、私の分まで幸せになって。


 それじゃあ、またね。


 さようなら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る