終
何人もの男女の悲鳴が聞こえ、男はケータイを離す。赤いボタンを押し、通話をやめる。続けて画面をタップし、再び耳につけた。
『はい』相手は若い女である。
「ちゃんとできたみたいだね」男は不敵に笑む。
『いや……その……』
「ん?」
男は、言葉を詰まらせたことに引っかかりを感じた。だが、悲鳴や衝突音はしっかり耳に届いている。
「もしかして、ズレちゃったりしちゃったかしら?」
『……はい』苦々しい返事だった。隠せておけるものならば隠しておきたい、そんな感じだった。
「もぉーせっかくタイミング合わせてあげたのに~」
男は唇をとんがらせ、肩を落とす。
『も、申し訳ありませんっ』
空を切る音が聞こえた。それが、勢いよく頭を下げたことにより生じたものだと男はすぐに理解する。
「ちゃんと逝ったのね?」
『はい。頭部がちゃんと潰れていますので』
「動いては?」
『おりません。ぴくりとも』
「なら、今回は大目に見てあげよう」
多少誤差は生じたものの、自身と繋がる情報を持ったまま殺すという大元の目的は果たせた。であれば、一件落着。他に問題があっても、構わなかった。
『ありがとうございます』またしても空を切る音。
「んじゃ、轢いた車の処分はよろしくね」
『御意』
「あぁ、そうだそうだ」切ろうとするところを、男は慌てて呼び止める。「死んだ、その……なんとか君ってさ、頬っぺたに傷付けてたんだよね?」
『はい。
「ふーん……なら、マスクは?」
『つけていた、と本人は申しておりました。後を尾けていた際や店員として対応した際に』
「例の、記者と女子高生が2人と一緒にいるって話してたやつね。そういやあ、誘導した悪霊は?」
『倒されてしまいました』
「オッケーオッケー。ま、
『御意』
再度同じ返事を聞いて、シクと呼ばれた男は電話を切った。
「ったく……」シクは目を細める。「ボクに繋がるようなことはやめてって言ってるのに、なーんで傷つけちゃうんかな」
呆れたように小声で呟き、頬を掻く。
扉が手前に開く。中からサラリーマンが1人。と、ハチマキをした女性が1人後から。ラーメン店の名が入った黒シャツを身につけている。
「お次の方、どうぞ」
首元を拭く。細かな汗がこれでもかと噴き出している。日差しが照りつける外に30分以上並んでいれば当然と言えば当然であった。相当暑いのだろう、服のどこに汗をかいているかが一瞬で把握できるほど。だがシクは、全くである。汗腺がないのではと思うほど、1人だけ空間が違うかのよう、微塵もかいていない。
「おっ、やっとだ〜」
シクは事前に店内の券売機で購入した白い券を女性店員へ渡す。そこには大きく黒い文字で、“特製とんこつ”と印字されている。
「こちらへどうぞ」
女性店員は手で示し、薄暗い店の中に誘導する。シクは満面の笑みを浮かべる。その表情からは、幸せしか感じない。
そうしてシクは、「いらっしゃいませ」の響く店内へと消えていった。
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